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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第2章 廃村の少女と、記憶を持つ井戸

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第10話 首飾りの紋章

 森を抜ける頃には、夕暮れの光が村を赤く染めていた。


 レインは片手に布袋を抱え、もう片方の手で小さな革靴を握っていた。布袋の中には、井戸の浄化魔導具を直すための制御魔石と、いくつかの金具が入っている。


 本来なら、成果は十分だった。


 これで井戸を直せるかもしれない。

 水が戻れば、ミラは雨水だけに頼らなくて済む。

 廃村で暮らすための、最初の土台ができる。


 それなのに、レインの胸は重かった。


 小さな靴に残っていた百年前の記憶。

 倉庫に隠された子どもたち。

 外から迫る王国兵。

 そして、母親らしき女性が呼んだ名前。


 ミラ。


 偶然同じ名前だったのか。

 それとも、今隣を歩いている少女と何か関係があるのか。


 レインは横目でミラを見た。


 ミラは黙って歩いていた。

 いつもなら森で見つけた木の実や薬草のことを話してくれるのに、今は何も言わない。両手で胸元の首飾りを握りしめている。


 銀の鎖。

 青い石。

 そして、石の周囲に刻まれた紋章。


 それは、エルネ村の門柱や、井戸の浄化魔導具に残っていた紋様とよく似ていた。


「ミラ」


 レインが声をかけると、彼女は小さく肩を震わせた。


「ごめん。驚かせたか」


「ううん。大丈夫」


 そう言いながらも、ミラの指は首飾りから離れない。


「その首飾り、痛みはあるか?」


「痛くはない。でも、触ってると変な感じがする」


「変な感じ?」


「胸の奥が、あったかくなる。でも、少し怖い。誰かに呼ばれてるみたいで」


 ミラは青い石を見下ろした。


「私、これを知らないはずなのに、なくしたらいけないって思うの」


 レインは頷いた。


「鑑定してみてもいいか?」


 ミラは一瞬、首飾りを握る手に力を込めた。


 当然だ。

 今まで井戸や門柱、子どもの靴を鑑定するたびに、レインは過去の記憶を見てきた。首飾りにも同じことが起きる可能性がある。


 レインはすぐに言い添えた。


「無理にとは言わない。怖いなら、今はやめよう」


「……レインが見たら、私のこと、わかる?」


「わかるかもしれない。でも、全部わかるとは限らない」


「そっか」


 ミラはしばらく黙っていた。


 風が吹き、廃屋の隙間を通り抜ける。

 遠くで、古い板がきい、と鳴った。


 やがてミラは、首飾りを外そうとした。

 だが、鎖の留め具が見つからない。


「外れない……」


「見せてくれ」


 レインは近づき、首飾りの鎖を確認した。


 留め具がない。

 まるで最初から輪として完成しているかのように、銀の鎖は途切れ目なくつながっていた。


「普通の首飾りじゃないな」


「やっぱり、変?」


「変というより、魔導具に近い」


 レインは指先で青い石に触れた。


 その瞬間、強い光が弾けた。


「っ!」


 レインは反射的に手を引いた。


 指先が痺れている。

 痛みはないが、拒まれたような感覚があった。


「レイン!」


 ミラが慌てて彼の手を取る。


「大丈夫だ。弾かれただけだ」


「弾かれた?」


「ああ。この首飾りには、持ち主以外が不用意に触れないよう守りがかかっている」


 レインは息を整え、もう一度ゆっくりと鑑定を試みた。


 今度は無理に深く読まない。

 表面の情報だけを拾う。


「鑑定」


 青い石の周囲に、細い文字が浮かぶ。


 名称、不明。

 材質、月銀、蒼涙石。

 製造、ルミナリア王国。

 用途、血統認証、記憶保護、封印鍵。

 所有者、照合中。

 登録名――


 そこまで読んだところで、文字が乱れた。


 次の瞬間、レインの視界に紋章が浮かび上がる。


 白い花を囲む、三本の光の線。

 その下に、古い文字が刻まれていた。


 レインはその文字を知らない。

 だが、鑑定が意味だけを拾い上げる。


 ルミナリア王家。


 レインは息を呑んだ。


「……ルミナリア」


 ミラの顔色が変わる。


「また、その名前」


「この首飾りは、ルミナリア王国で作られたものだ。しかも、ただの装飾品じゃない。王家に関わる魔導具だと思う」


「王家……?」


 ミラは呆然と呟いた。


「私が?」


「まだ断言はできない。でも、この首飾りはミラを守っている。持ち主として認めている可能性が高い」


「でも、私、何も覚えてない」


 ミラは首を横に振った。


「王家とか、ルミナリアとか、そんなの知らない。私は、この村で一人でいただけ。水もまともに飲めなくて、森で木の実を拾って、夜は井戸の声を聞いて……それだけなのに」


 声が震えていた。


「私、何なの?」


 レインはすぐには答えられなかった。


 ミラの正体を知りたい。

 この村で何が起きたのか知りたい。

 けれど、その真実が彼女を傷つけるものなら、急いで暴くべきではない。


 勇者パーティーにいた頃のレインなら、ただ情報を並べていただろう。

 異常、原因、危険性、対処法。

 それだけを見ていた。


 でも今、目の前にいるのは鑑定対象ではない。


 不安に震える、一人の少女だ。


「ミラは、ミラだ」


 レインは静かに言った。


 ミラが顔を上げる。


「今すぐ全部わからなくてもいい。王家とか、封印鍵とか、そういうものが本当だったとしても、それだけで君が決まるわけじゃない」


「でも……」


「俺だって、勇者パーティーの鑑定士だった。けど、そこを追い出されたら、自分に何の価値があるのかわからなくなった」


 レインは自分の手を見た。


「でも、ここに来て思った。誰かに決められた役目だけが、自分の全部じゃないんだと思う」


 ミラは何も言わず、レインを見つめている。


「だから、一緒に調べよう」


「一緒に?」


「ああ。ミラが何者なのか。この村で何が起きたのか。ルミナリアが何なのか。俺だけで勝手に決めない。ミラが知りたいと思うところまで、一緒に調べる」


 ミラの瞳に、少しずつ涙が溜まっていった。


「怖くなったら?」


「止まればいい」


「逃げたくなったら?」


「逃げてもいい」


「それでも、レインは……」


 ミラは言葉を詰まらせた。


「いなくならない?」


 レインは、昨夜と同じ問いを聞いた気がした。


 レインもまた、捨てられたばかりだった。

 必要ないと言われた。

 足手まといだと言われた。

 だからこそ、誰かに置いていかれる怖さはわかる。


「今は、いなくならない」


 永遠の約束はできない。

 軽々しく守れない言葉を口にしたくはなかった。


 それでも、今ここにいることだけは約束できる。


「少なくとも、井戸を直すまではいる。ミラが安心して水を飲めるようになるまでは」


 ミラは涙をこぼしながら、小さく笑った。


「そこから先は?」


「その時、また考える」


「じゃあ、井戸を直すの、すごく時間かけようかな」


「困るな」


 レインが苦笑すると、ミラも少しだけ笑った。


 その笑みを見て、レインは胸の奥が軽くなるのを感じた。


 まだ何も解決していない。

 王国の命令書もある。

 ルミナリアの謎もある。

 地下への扉も、百年前の逃亡も、何一つ明らかになっていない。


 それでも、二人で向き合うと決めただけで、暗闇の中に小さな灯りがともったような気がした。


 レインは布袋を持ち直す。


「まずは井戸だ。制御魔石を戻して、浄化魔導具を動かしてみる」


「私も手伝う」


「じゃあ、工具を取ってくれ。あと、石柱の周りの草をどけたい」


「うん」


 二人は村の広場へ向かった。


 崩れた家々の間を抜ける時、ミラの首飾りが淡く光った。


 レインはその光に気づいたが、何も言わなかった。


 首飾りの奥に、まだ読めなかった登録名がある。


 登録名の最初の一文字だけが、レインの意識に残っていた。


 ミ。


 それがミラを指すのか。

 あるいは、百年前に母親から名を呼ばれた少女を指すのか。


 答えはまだ出ない。


 ただ、レインは思った。


 この首飾りは、ミラを過去に縛る鎖ではない。

 いつか彼女自身が、自分の意思で未来を選ぶための鍵なのかもしれない。


 村の中央では、濁った井戸が静かに二人を待っていた。


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