#1 もう戻れません!!
荒々しい地鳴りと共に巻き上がっていた土煙が、冷ややかな風によって少しずつ薄れていく。
死を覚悟して固く閉じていた目を恐る恐る開け、呼吸を整えながら必死に前方を確認した。
目の前には、もうバッタはいない。
つい先ほどまで圧倒的な絶望を叩きつけてきたあの巨体は、跡形もなく消え去っていた。だが、代わりにそこには人影があった。
⋯誰かいる。⋯少女?この子が俺を救ってくれたのか⋯?
呆然と地べたに座り込む俺を見下ろし、その少女は冷徹な眼光を向けてくる。
「何をしている。早く立て。」
その声音に含まれた圧倒的な威圧感に押され、俺は反射的に身体を起こした。
「は、はい⋯。」
少女は腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「私はハルカ。お前は?」
幼さの残る顔立ち。十歳前後だろうか。ずいぶん生意気だ。急な展開に頭が追いつかないまま、俺は自分の名を口にした。
「俺はヒグチ・ショウセイ。ベッドで寝てたんだけど、目が覚めたらここにいて⋯。あぁ、さっきはありがとう。」
丁寧にお礼を言う俺に対し、ハルカと名乗った少女はピシャリと言い放つ。
「礼はいい。この世界は「夢」の中だ。そこで、お前は私と出会ってしまった。⋯つまり、お前はこの世界から出られなくなった。」
⋯は?い、いや、これはただの夢だ。俺がポカーンとしていると、再び少女の口が動き出した。
「お前はここで生活しなければならない。」
淡々と告げられる宣告。俺の脳内は拒絶反応を起こし、思わず軽い口調で返しつつの苦笑いを浮かべた。
「そ、そんなバカな⋯!お嬢ちゃん、漫画の読みすぎじゃないの?」
言い終わるか終わらないかのその瞬間。
バチン!!・・・ドスㇲㇲㇲㇲㇲㇲㇲㇲㇲㇲ!!!!!
衝撃が視界を激しく揺さぶった。少女の小さな手が鋭く閃いたかと思うと、猛烈な風圧と共に俺の身体は真後ろへと吹き飛ばされていた。激しい音とともに、背後で巨大な岩盤が粉砕する。
俺は岩にぶつかった。あいつ、いきなりビンタしやがって⋯!
死を覚悟するほどの激突。しかし、奇妙なことに身体に痛みが走らない。戸惑う俺の頭の中に、冷徹で機械的なアナウンスが響き渡る。
ーーー「痛覚無効」を発動しました。ーーー
無機質で静かな声。
⋯え?誰が喋ってるの⋯?脳⋯?いや、頭の中から響いてる⋯!?
混乱する俺の意識を無視して、頭の中の声は次々と不可解なシステムメッセージを読み上げていく。
ーーー先ほどのビンタには、強力な「パワー」が含まれています。ーーー
ーーースキル「分身体」を獲得しました。ーーー
ーーー発動しますか?ーーー
現実離れした言葉の連続に脳が破裂しそうだ。
⋯は?いや、情報量多すぎ!とりあえず「はい」にしておくか。
ーーースキル「分身体」を発動しました。ーーー
その声が脳内に響いた瞬間、目の前の空間が歪み、光の粒子が収束していった。
すると目の前には無傷の俺が。
まさに自分自身の姿をした存在がそこに立っていた。茫然自失の俺を置き去りにして、アナウンスは畳みかけるように続く。
ーーースキル「分身体」を発動したことにより、新たなスキルを獲得します。ーーー
ーーーネイチャースキル「無性生殖」を獲得しました。なお、これにより、スキル「分身体」が、ハイパースキル「分裂者」へと進化しました。ーーー
わけがわからない。あ、そうか。ここは夢だ。
夢だからこんな滅茶苦茶な現象が起きているんだと無理やり自分を納得させる。
俺は分身体の体に乗り移り(!?)、再びハルカの前に行った。
冷や汗を流しながら、気まずそうに手を挙げる。
「⋯あ、なんか、すみません。」
ハルカは目を見開いて俺を注視していたが、すぐに表情を硬くして吐き捨てた。
「黙れ。⋯だが、お前、よくあのビンタを耐えたな。まさか、お前、すでにスキルを⋯!?」
「俺だってわからない。」
「は?スキルは自分の意思で発動するのよ。」
困惑するハルカの追求に、俺は心の中で焦りを募らせる。
あ、俺がさっき「はい」なんて言ったから⋯。そうだ!スキルの使い方を教えてもらおう!
ハルカにこの頭の中の声やスキルのことを質問しようとした、まさにその時だった。
ーーーオートトークモードに切り替えました。ーーー
脳内に突如として響いたアナウンス。途端に俺の喉が、自分の意思とは無関係に勝手に動き出す。
「じゃあ、スキルなんて持ってないのかも。」
「⋯そうか。」
ハルカは怪訝そうに俺を見つめ、納得いかない様子ながらも引き下がった。
なんだこれ!俺の意思じゃない!これだとなんにも俺に利がないじゃないか⋯!
俺の葛藤に対し、脳内の声は涼しい顔で答える。
ーーーオートトークモードはつじつまを合わせて話します。それに、あなたはスキルを知られると不利になります。ーーー
余計なお世話だ。
ってか、お前誰だよ!
ーーー名乗ることはできませんが、あなたの「相棒」とでも言っておきます。ーーー
脳内に直接話しかけてくる正体不明の存在。「相棒」と自称するそいつに、俺はため息を吐きながら心の中で問いかける。
あぁ、もういい。ここは夢の世界、なんだよな⋯?
ーーーまだわかりません。⋯ただし、目の前の「ハルカ」もあなたのような「夢想者」であると思われます。ーーー
え?ってことは、少女も俺と同類?あいつにも「相棒」がいるの?
俺の素朴な疑問に対し、「相棒」は淡々と事実を告げた。
ーーー「ハルカ」はハイパースキル「喋話者」を持っていないため、相棒との会話は不可能です。ーーー
ん?「喋話者」?俺はいつそんなハイパースキルを獲得したんだ?
ーーー現実で就寝し、この世界に来た際に獲得しました。ーーー
気づかないうちにそんな妙な能力を持たされていたとは。
はぁ。とりあえずここはただの夢ではない、ということはわかった。
自分の置かれた異常な状況を理解し、覚悟を決める。
ーーーオートトークモードを解除しました。ーーー
思考の拘束が解け、俺は改めてハルカに向き直った。
「あの、君も「夢想者」なの?」
ハルカは一瞬驚いているように見えた。
自分の専門用語を俺が知っていたことに疑問を感じたようだが、すぐに小さく息を吐いて深く頷いた。
「そうよ。私もあなたと同じ。私は十年くらい前からここにいる。」
十年!?⋯ってことは、俺は絶対この空間から出れないじゃん!!
絶望的な事実にめまいがしそうになる俺を見て、ハルカは少し申し訳なさそうな顔をして視線を逸らした。
「さっきのビンタは謝る。お前が「お嬢ちゃん」なんて言うから⋯。」
「あぁ、俺もごめん。ところで、こんなところで十年も過ごしてたら現実に戻ったときのギャップが大変なんじゃないの?」
気になっていた疑問をぶつける俺に、ハルカは冷ややかな、だがどこか達観した眼差しを向けた。
「戻る?もう一生戻れないわよ。手に、戻ったとしてもそんなに時間は経っていないわ。ここでの一年は、向こうの世界での一秒。」
「え!?そんなに短いの!?⋯⋯あれ?なんでそれがわかったんだ?」
時間の流れがあまりにも違いすぎる。そして何より、戻れないはずの世界の時間の経過をなぜ知っているのか。
ハルカは前方を指さしながら説明を続けた。
「ある街に「情報者」という人々がいるの。「情報者」は、現実世界との行き来が可能。だから、すぐにあっちの世界の情報や時間がわかる、ってこと。」
その言葉に、俺の胸の中に一筋の希望が差し込む。
「へぇー。ちなみに、今からその人達に会えたりするの?」
「いいと思うわ。ついてきて!」
そう言ってハルカは足早に歩き出した。
迷いのないその背中を追いかけながら、俺はこの奇妙で広大な「夢の中」という異空間へ、一歩を踏み出していくのだった。
[著者・tops0216より天才のあなたへ]
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次回もお楽しみに!!!!
[次回予告]
#2 待ち構える者




