第五話 王国最強騎士団の敗北、そして悪魔の微笑み
三十分後。
静寂に包まれていた王立図書館は、鎧の擦れる不穏な音と、男たちの熱気に占拠されていた。百人近い屈強な王立騎士団が、魔物とするかのような悲壮な覚悟を顔に張り付かせ、整列している。
その前に立ったのは、制服姿の小柄な少女。
「これより、図書館にある全ての本の大移動と整理を行います!」
騎士たちの顔が、一斉に青ざめた。不満のざわめきが広がりかけるが、レオネルが優雅な微笑みの裏に王者の威圧感を忍ばせ、一言で封じ込める。
「これは我が国の未来を左右する『聖戦』である。――拒否権はないよ」
「それでは作業開始! 第一部隊は運び出し、第二部隊は戻し! 装丁が古い本は慎重に! この本たちは王国!いえ!人類の宝です!絶対に傷つけないで!」
文乃の号令が、地獄のキャンプの幕開けを告げた。 閲覧机の上に仁王立ちになり、彼女は次々と鋭い指示を飛ばす。本を愛する彼女にとって、知識の海を守るためなら、相手が歴戦の猛者だろうが容赦はない。
「そこ! 背表紙を掴まない! 本が傷むでしょう!」
「それは芸術書です! 料理本の棚に混ぜないで! もっと丁寧に扱って!」
王国最強の騎士たちが、古びた本と少女の怒号に翻弄され、脂汗を流して奔走する。その光景を、レオネルは特等席で紅茶を飲みながら楽しげに眺めていたが、公務をサボっていることがバレ、現れた老執事に襟首を掴まれ、ずるずると執務室へ引きずられていった。
王子が消えた扉を見送り、騎士たちが安堵の溜息を吐いたその時。
「誰が手を止めていいと言いましたか?」
地獄の底から響くような声に、彼らは錆びついた人形のように首を回した。文乃は眼鏡を指で押し上げ、ひどく美しく、残酷な笑みを浮かべた。
「現場責任者は、私です。ノルマ達成まで、誰一人帰れると思わないでくださいね?」
***
ステンドグラス越しに差し込む朝日が、図書館を神々しく照らし出していた。そこには、戦い抜いた騎士たちが床に崩れ落ち、死屍累々の光景が広がっていた。あのガルドでさえ、壁に背を預けて荒い息を吐いている。
けれど、文乃はその光の中に凛と立ち尽くしていた。目の前には、完璧に分類され、背の順に美しく並べられた本棚の列。歴史、文化、科学、芸術――秩序を取り戻した知識の殿堂が、朝陽を浴びて黄金色に輝いている。
徹夜の重労働だったはずなのに、彼女の身体は不思議と軽かった。
(これが、私の城。私の戦場だわ)
整然と並ぶ背表紙を眺め、悦に入っている文乃の背後で、騎士たちが「悪魔だ……あいつは悪魔だ……」と震えながら呟いていたが、彼女は心地よい達成感の中で、ただ美しく微笑んでいた。
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