第三十九話 黄金の朝焼けと託された願い
水平線の彼方から陽光が差し込み、朝焼けに染まった海面が黄金色の鱗のように輝き始める。
文乃は船の甲板に立ち、どこまでも続く蒼い境界線を不安げな瞳で見つめていた。そんな彼女の背中に、穏やかな声がかけられた。
「……少し、話をしないかい」
振り返ると、そこにはいつもの軽薄な笑みを封印したカイルが立っていた。彼は文乃の隣に並び、手すりに肘をついて遠くを見つめる。
「もしよければ、エマ様と……あのご両親のことを詳しく聞かせてくれないか。貴女が彼女から聞いた、ありのままのことを」
文乃は小さく頷き、エマがぽつりぽつりと語ってくれた、あまりに過酷な過去を話し始めた。
エマの父は、心から信頼し、公私ともに親交の深かったはずの領主に裏切られ、命を奪われたこと。そして母は、幼いエマを抱えての逃亡生活の果てに、病に倒れ、我が子を残し息を引き取ったこと――。
話し終える頃、カイルの横顔は深い悲しみに覆われていた。彼は海を見つめたまま、絞り出すような声で語り出す。
「……エマ様の母はね、幼い頃に実母を亡くした僕にとって、本当の母親のような存在だったんだ。厳しくも温かく僕を嗜めてくれた、あの人の言葉があったから、僕は道を踏み外さずに済んだ」
カイルの瞳が、追憶の光で揺れる。
「エマ様の父親もそうだ。彼は常に部下たちの声に耳を傾け、『敬意を持って働くこと』の尊さを教えてくれた。僕にとっては、商売以前に人としての在り方を示してくれた、もう一人の父親だったんだよ。……そんな二人が、そんな最期を遂げていたなんて」
カイルは手すりを強く握りしめ、文乃に向き直った。その瞳には、商人の計算ではない、一人の人間としての切実な願いが宿っていた。
「文乃殿。二人の無念を晴らしてやってほしい。そして、かつて絶望の淵にいた僕を救ってくれた、あの聡明な少女を……エマ様を、どうか助け出してくれ」
カイルの告白は、文乃の胸に深く染み渡った。
自分だけが戦っているのではない。エマを愛し、その幸せを願う人たちの思いが、この船には共に乗っているのだ。
文乃の顔を覆っていた不安の霧は、朝日を浴びて消え去るように晴れていった。彼女はカイルの瞳を真っ直ぐに見返し、力強く頷く。
「はい。約束します。カイルさんの思いも、レオネル様たちの決意も……全部私が預かって行きます。エマは、必ず私が助け出します!」
潮風に揺れる髪をかき上げ、文乃は再び水平線を見据えた。
朝焼けに照らされたその横顔には、友を救うための誓いが、気高く刻まれていた。
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