表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】図書館の魔法は静かに始まる【一巻分完結済】  作者: はれはる
第七章 王国に忍び寄る闇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/45

第三十五話 闇夜の追跡と、泥に咲いた勇気

 文乃は息を整え、羊皮紙の束を胸に抱いたまま、あの場所へと戻ってきた。昼間は人で賑わっていた城下町も、今は夕闇に包まれ、提灯の光が揺れている。


「……この辺りだった」


 自分がスケッチを描いた場所に立ち、羊皮紙を広げて見比べる。描かれた足跡の位置、地面の模様、建物の影の角度──すべてが一致していた。


 そして――文乃は思い出す。ガルドが犯人達を追いかけたのは、表通りではなく、脇の細い路地だった。


「……犯人達はこっちに、行ったよね?」


 通りの喧騒が遠ざかるほどに、空気が重くなっていく。路地は人ひとり通るのがやっとの幅で、昼間でも薄暗い。湿った石畳が足音を吸い込み、かすかな水の滴る音だけが響く。


「うぅ……何この雰囲気……」


 文乃は肩をすくめながら歩き出した。どこかで猫が鳴いたかと思うと、足元を黒い影が走り抜ける。


「ひゃっ!?」


 思わず飛び退く。その拍子に、背中が建物の壁に立て掛けられた木の梯子にぶつかった。


ビリッ──。


「わ、私の服っ……!」


 袖の一部が梯子のささくれに引っかかり、裂けてしまっていた。焦りながら破れた部分を押さえる。


「はぁ……またレオネルに怒られるかな……」

 

 彼の真面目な顔が脳裏をよぎり、文乃は思わず顔をしかめた。だが、ふと目に留まる。自分の服の裂け目と同じように、梯子の先端に小さな布切れが引っかかっていた。


「……これ、まさか」


 文乃は指先でそっと布をつまみ取る。梯子の先端に、風に揺れる小さな布切れが引っかかっていた。最初はただのボロ切れかと思ったが、手に取った瞬間、文乃の眉がわずかに動く。


「光沢のある絹、そして細かな金糸の刺繍。こんなものがカビ臭い路地裏にあるなんて…」


 手のひらの上で、布切れが月明かりに照らされる。胸の奥で鼓動が高鳴る。


「やっぱり……この路地を通って、連れ去られたんだ。そして、おそらくこの布切れの持ち主がエマを攫った犯人」


 恐怖よりも、確信の方が強かった。文乃は布を大切にしまい、暗い路地の奥をまっすぐに見つめた。


「待ってて、エマ。必ず見つけるから」


 そして彼女は、光の届かぬ闇の中へと、再び歩を進めた。路地裏の奥は、まるで世界から切り離されたように静まり返っていた。文乃がさらに足を進めると、薄暗い路面に――人影が見えた。


 ボロ布を被り、地面にうずくまるように横たわっている。鼻を刺すような悪臭が漂い、思わず息を止める。その瞬間、脳裏をよぎる――“死体”という最悪の言葉。


「……っ!」

 

 文乃の全身から一気に汗が噴き出し、心臓が暴れ出す。しかしその“人影”は、ぬるりと動いた。ぎしりと音を立て、ゆっくりと上体を起こす。汚れた布の隙間から、真っ黒な瞳がこちらを見た。

無言のまま、ただ――じっと。


 「え、えっと……こ、こんにちは……」

 

 声が震える。けれど、訊かずにはいられなかった。

 

 「この辺で、不審な人を見ませんでしたか?」


 沈黙。そして、浮浪者の指がゆっくりと持ち上がり――文乃を指差した。


「え……わ、わたし!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「な、何それ! 失礼じゃない!?」


 だが浮浪者は首を横に振り、今度は文乃の“背後”を指した。

そちらを振り向くと、路地のさらに奥に――光を飲み込むような、狭く暗い通りが口を開けていた。


 ぞくり、と背筋が冷える。明らかに“入ってはいけない”場所。それでも――エマを助けるためなら、迷っている暇はない。文乃は唇を噛み、拳を握りしめた。

 

「……行くしか、ないよね」


 そう呟き、闇の奥へと一歩を踏み出した。文乃は、浮浪者が示した方角へと慎重に足を進めた。細い路地の突き当たりには、今にも崩れそうな古びた扉がひとつ。

 胸の奥がざわつく――ここだ。何かが、ある。


 息を殺し、隣の小窓へと身を寄せる。埃まみれのガラスに指で小さな隙間をつくり、そっと覗き込んだ。


「……っ!」


 思わず息が漏れた。そこには、目隠しと猿轡をされ、縄で縛られたエマが床に転がされていた。服は乱れ、唇は乾ききっている。だが、確かに――生きている。

その傍らで、粗暴な雰囲気を纏う男が二人。椅子にもたれ、酒瓶を片手に気だるげに笑っていた。


 文乃は扉の隙間に耳を押し当てる。

 くぐもった声が中から漏れてきた。


「チッ……いつまでガキの見張りなんかさせるんだよ。退屈で死にそうだぜ」


「依頼主が来るまで我慢しろって言われてんだろ。……まったく、こんな仕事、割に合わねぇ」


 瓶のぶつかる音。安酒の匂いが風に混じって漂う。文乃の喉がひりつく。拳を握る手が震えた。

そのとき――ひとりの男が、エマをいやらしい目で見下ろした。

 

「なあ……ちょっとぐらい、いいだろ? 依頼主にバレやしねぇ」

 

「……やめとけ」

 

「チクったら殺すぞ。わかったな」


 その男が、にやりと笑いながらエマに手を伸ばした――瞬間。


 バンッ!


 扉が勢いよく開かれ、部屋の空気が凍りつく。入ってきたのは、上質なコートを纏った貴族風の男だった。暗がりで表情がよく見えないが、その身体には冷たい怒気を宿し、言葉もなく一歩で間合いを詰める。


 次の瞬間、鈍い音が響いた。

 

 「ぐはっ!」


 エマに手を伸ばそうとした男が、殴り飛ばされ壁に叩きつけられ床に転がった。呻き声を上げる暇もなく、貴族風の男が無言で歩み寄る。


 次の瞬間――刃が閃いた。

 乾いた音とともに、男の耳が床に落ちる。


「ひ、ひぃっ……!」

 

 血に顔を染め、倒れた男は震えながら後ずさった。貴族風の男は淡々と告げる。

 

「次に同じ真似をしたら――その手を切り落とす。」


 静寂。

 部屋の空気が凍りつく。もう一人の見張りも、息を飲んで動けない。男は震える声で何度も謝り、床に額を擦りつける。貴族風の男はそれを一瞥し、靴の先で転がる耳を踏み潰した。


「俺の許可なく、依頼品に触れるな。」


 その声音に、文乃の背筋が凍る。だが同時に、希望の灯が胸にともった。

 ――エマはまだ助かる。今なら、まだ。

 

 貴族風の男は、殴り倒した手下を冷たい目で見下ろす と、手に付いた血を振り払うように軽く払った。そして無言のまま外套の裾を翻し、部屋を後にする。


 その一瞬――文乃の目が鋭く動いた。


(……外套の端が、裂けてる?)


 薄暗い灯りの中、男の外套の裾には小さな破れがあり、ほつれた糸が揺れていた。それは、先ほど路地裏の梯子で見つけた布切れの装飾と、まったく同じ模様だった。


(あの人が……エマを攫った張本人……!)


 胸の奥が凍りつく。文乃は震える手で肩掛けのバッグを開き、羊皮紙と万年筆を取り出す。指先がかすかに震えるのも構わず、視線だけで男の全身を捉え、一気に描き上げた。


――外套の形、髪の色、靴の装飾。

 まるで魂を刻むように、ペン先が走る。スケッチを終えた文乃は、息を詰めたままそっと後ずさる。


(今は……助けに入るより、情報を持ち帰るのが先……!)


 しかし、その足元で――


パキッ。


 小さな枝を踏みしめる音が、静寂を裂いた。


「……誰だ!?」


 部屋の中から、低い声。続いて椅子が倒れる音。文乃の顔から血の気が引いた。


「外に誰かいるぞ!」


 荒々しい声が響き、扉が勢いよく開く。二人のガラの悪い男たちが、怒鳴り声を上げながら外へ飛び出した。


「逃がすな!」


 

ここまでお読みいただき、

本当にありがとうございます!

本作は6月末まで、

一気に完結に向かって毎日投稿予定です。


「続きが気になる!」「一気読みしたい!」

と思ってくださった方は、下にある

【ブックマークに追加】や【評価】を押して応援していただけると、完結までの執筆の最大の励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ