第二十八話 剣豪の記憶と、木剣の軌跡
そこからは、凄惨なまでの打ち合いだった。騎士たちが四方から斬りかかる。だが、ガルドの一振りはそのすべてを粉砕し、容赦なく彼らの肉体を打ち据えた。
一度、二度、三度。何度倒されても、彼らは立ち上がった。意識はすでに朦朧とし、足取りは千鳥足で、立っていることさえ奇跡に近い。
それでも、誰一人として背中を見せない。文乃がくれた「食事と鍛錬」で、彼らの肉体は強くなった。 文乃がくれた「兵法」で、彼らの頭脳は研ぎ澄まされた。
そして――文乃が命懸けで自分たちを庇った「あの日」から、彼らの心には折れぬ魂が宿っていた。
(……この者たち、もはや『命令』で動いているのではないな)
ガルドは、ボロボロになりながらも一歩前へ踏み出そうとする部下たちの姿に、ある種の神々しさを見た。泥にまみれ、無様に這いつくばりながらも、なおも王を、国を、そして信じる者を守るために剣を握る。その姿こそが、ガルドが長年追い求めてきた「騎士道」の真髄に他ならなかった。
「……良かろう。貴様らの覚悟、確かに受け取った」
ガルドは静かに、深く息を吐いた。その全身から余計な力が抜け、逆に圧倒的な威圧感が一点に収束していく。彼は木剣を上段に構え、愛する部下たちに「最高の敬意」を込めて、最後の一撃――引導を渡すための構えをとった。
「さらばだ、我が誇り高き騎士たちよ!」
空気が凍りつくような静寂。勝負が決するその刹那――。
闘技場に、一人の戦乙女が舞い降りた。
それはお下げ髪を激しく振り乱し、黒縁眼鏡をガタつかせ、自分の身長ほどもある木剣をデタラメに振り回す文乃だった。
「うぉぉおお!文学少女を舐めんじゃないわよぉお!」
叫び声はもはや悲鳴に近い。しかし、その必死すぎる形相には、観客席のレオネルさえも息を呑むほどの気迫が宿っていた。文乃は木剣の重さによろめき、今にも自分の足でもつれそうになりながらも、なりふり構わず全力で土を蹴った。
「こうなったらヤケクソよ! 食らいなさい、本の虫の怒りッ!!」
彼女の脳内で、これまでの膨大な読書経験から導き出された「最強のイメージ」が火花を散らす。古今東西の剣豪小説、戦記物、あらゆる活字から抽出された一撃必殺のロジックが、今、文乃という器を通じて一つの形へと昇華された。
「……これよ! 本に書いてあった通りにやれば、理論上は勝てるはず!」
文乃は重すぎる木剣を天高く掲げ、脇を締め、全身のバネを一点に凝縮した。その姿は、お下げ髪を振り乱した奇妙な出で立ちながら、一瞬だけ伝説の剣客が憑依したかのような、異様な威圧感を放つ。
「刮目せよ!はぁぁぁああっ!示現流!蜻蛉の構え……ッ!!」
眼鏡の奥で瞳が爛々と輝く。対峙するガルドの眉が、そのあまりに場違いで、かつ「実戦」の理に叶った構えにピクリと跳ね上がった。
「ちぇぇぇすとぉぉぉおおおおお!!!」
甲高く震える咆哮と共に、文乃はガルドの懐へと文字通り突っ込んでいく。地面を蹴る一歩ごとに、脳内の剣豪たちが「初太刀にすべてを懸けろ」と囁き、彼女の背中を押し出す。
「……文乃!?」
ガルドが初めて、戦慄に近い驚愕に目を見開いた。 戦う術を持たないはずの少女が、死地を潜り抜けた者だけが辿り着く「捨て身の境地」で肉薄してくる。その気迫に、無敵の鬼団長の防御にコンマ数秒の「隙」が生じた。
そして――。
「おおおりゃああああ!!!」
気合とともに、天から地へと振り下ろされた文乃の渾身の一撃。
……しかし。
すぽんっ。
あまりの勢いと、極限までかいた手汗により、木剣は無情にも彼女の手を離れた。放たれた凶器は、文乃の「ちぇすと」の余韻を残したまま、青空をバックに美しい放物線を描いて宙を舞った。
「……え?」
文乃の虚脱した声が響き、ガルドの視線が反射的に空中の木剣を追う。
ガルドが咄嗟に手を伸ばすが、何かに足を取られ体勢が崩れる。ガルドの足元には、ボロボロになりながらも最後の力で彼の足首を掴んで離さない騎士たちの姿があった。
――コンッ。乾いた音が響き、落下してきた木剣がガルドの額に直撃した。
静まり返る闘技場。鬼のガルドの額に、赤い痕が浮かぶ。
「ふっ……油断したな」
ガルドが低い声で呟き、膝をついた。
「勝者、文乃ォォォ!!」
レオネルの宣言に、観客は呆然。そこへ一人の男が野次を飛ばした。
「ふざけるな!卑怯だぞ! 真面目にやれ!」
次の瞬間、ガルドの咆哮が轟いた。
「黙れェッ!!」
彼は大楯を観客席へ投げ込み、木剣で巨木を叩き折った。
「俺たち騎士団が敗れれば、守るべき国民達、そして愛すべき家族が蹂躙される!だから俺たちは、どんな手を使っても勝たねばならんのだ!その執念を、今日こいつらは見せてくれた!!」
その言葉に、観客の心は震えた。卑怯ではない、これは生き残るための戦いだったのだと。割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる中、騎士たちは涙を流してガルドに駆け寄った。
「団長! 俺たちを、もう一度鍛え直してください!」
「俺たちの上司は、ガルド団長以外にありえません!」
ガルドは驚き、やがてニカっと笑った。
「よし! ならば今すぐ訓練だ! 城まで全力で走るぞォ!」
「「「「おおおおおおッ!!」」」」
地響きを立てて去っていく筋肉の集団。
ぽつんと残された文乃は、引きつった顔で空を仰いだ。
「……ちょっと待って。私の苦労と悩みって、一体何だったの? せっかくの貴重な読書時間を返せぇぇぇ!!」
悲痛な叫びを、レオネルが笑いながら慰める。
「ははっ……文乃。団員達にもガス抜きが必要だったのさ。それと自分たちの努力を認めてもらう機会もね」
文乃はただ、疲労感に包まれながら脱力するしかなかった。平和な図書館への道のりは、まだまだ遠そうだった。
ここまでお読みいただき、
本当にありがとうございます!
本作は6月末まで、
一気に完結に向かって毎日投稿予定です。
「続きが気になる!」「一気読みしたい!」
と思ってくださった方は、下にある
【ブックマークに追加】や【評価】を押して応援していただけると、完結までの執筆の最大の励みになります!
どうぞよろしくお願いいたします!




