第二十七話 開戦、闘技場マルチエンタメと蜘蛛の巣の猛虎
決闘当日。
文乃と騎士団一行が指定された場所へ向かうと、そこは城の訓練場ではなく、街の闘技場だった。『王立騎士団特別試合開催! 観覧無料!』 派手な看板と、地鳴りのような歓声。
「……はぁああああっ!?」
文乃の絶叫が響く。中に入ると、満員御礼の観客席が揺れていた。
「……やっぱり、あなたの仕業ですか」
特別席で満面の笑みで手を振るレオネルを見上げ、文乃は頭を抱えた。対面に立つガルドもまた、うんざりした顔をしている。
「……殿下。決闘を“見せ物”に変えるのは趣味が悪い」
「いいじゃないか。国民には“ガス抜き”が必要なんだ。それに、こんな面白いもの独占するなんてずるいぞ!」
レオネルの開始の合図と共に、試合が始まった。ガルドは木剣一本で、八方から迫る大楯の壁を迎え撃つ。
「そんな物で俺が止められると思ったか!」
ドゴォッ! 剛腕が大楯を吹き飛ばすが、騎士は歯を食いしばって耐えた。
「耐えた!? すごい!ってか大の大人を吹き飛ばす程の団長の筋力ってどうなってるのよ!」
文乃が叫ぶ。すかさず別の部隊が鏡で太陽光を反射させ、ガルドの目を焼く。
「今だ!」
しかし、ガルドは目を閉じたまま、襲いかかる騎士たちを次々と薙ぎ払った。
「目が眩む前に位置は覚えた。それを順番に叩くだけだ」
「……なにそれ、人間辞めてる!」
文乃は絶望した。
視界を奪われてなお敵を補足し、正確無比な一撃で騎士たちを沈めていくガルド。
だが、倒れ伏した騎士たちは、泥を吐き出しながら再び立ち上がった。
「……まだだ。文乃さんの『栄養学』で、俺たちのスタミナは底上げされてる!」
「一ヶ月前なら、今の衝撃で気絶してたが……今は違う!行くぞ!第二案だッ!」
号令とともに、騎士たちが一斉に懐から「分銅鎖」を取り出した。ジャラッ、という金属音が闘技場の空気を切り裂く。四方八方から放たれた鎖が、獲物を狙う蛇のようにうねり、ガルドの腕、足、そして胴体へと絡みついた。
「捕らえたぞ! 引き絞れェッ!!」
十数人の騎士が全体重をかけて鎖を引く。さらに、彼らは自らが担いでいた重厚な大楯を地面に深く突き刺し、鎖の端をその裏側に固定した。ガルドは、まるで巨大な蜘蛛の巣に囚われた猛虎のように、闘技場の中央で身動きを封じられた。
「ぬ……っ!?」
ガルドが力を込め、強引に腕を引き抜こうとする。しかし、鎖は食い込み、地面に固定された大楯はびくともしない。ガルドの鋭い眼光が、自分を縛り上げる鎖の先へと向けられた。
(……ほう。この距離からこれだけの重量がある分銅を、寸分の狂いもなく投げ分ける正確さ。そして、私の剛力を真正面から受け止めるだけの、大楯を支える脚力……)
ガルドの口角が、無意識に吊り上がる。一ヶ月前、重い荷物を背負ってよろめいていた「もやしっ子」たちの姿はどこにもない。そこにあるのは、文乃の与えた食事で筋肉の芯まで鍛え上げ、過酷な状況下でも冷静に連携を崩さない、真の「戦士」の肉体だった。
「……面白い。文乃の言った通り、ただの『根性』ではここまで至れん。貴様ら、この短期間でこれほどの筋力を……肉体の『基盤』を仕上げてきたか!」
敵を称賛するような、ガルドの地鳴りのような声。 しかし、その瞳にはさらなる「闘志」が宿っていた。縛り上げられた鎖が、ガルドの膨れ上がる筋肉に押し戻され、ミシミシと悲鳴を上げ始める。
「だがなッ! その高まった筋力が、本物の『武』に通用するかどうか――今ここで、骨の髄まで教えてやるッ!!」
「……ぬおぉぉぉぉッ!!」
地響きのような咆哮。ガルドが全身の筋肉を膨張させた瞬間、鋼の鎖がギリギリと悲鳴を上げた。 次の瞬間、地面に深く突き刺さっていたはずの数枚の大楯が、土塊を撒き散らしながら一気に引き抜かれる。ガルドはその鎖を力任せに手繰り寄せると、重厚な盾を「鉄の塊」として、暴風のごとき勢いで振り回した。
ドゴォッ!バキッ!
「がはっ……!?」
「ぐああああっ!」
大楯の直撃を受け、騎士たちが次々と吹き飛ばされる。闘技場の壁に叩きつけられ、地面を転がり、甲冑がひしゃげる鈍い音が響き渡る。だが、誰一人としてそのまま伏している者はいなかった。
口から滲み出る血を拭い、彼らは再び立ち上がる。 震える手で、しかし迷いなく。腰に差した木剣を抜き放ち、ガルドを囲んだ。
「……ほう。まだ、その眼は死んでおらんか」
ガルドは絡みついた鎖を冷酷に引きちぎり、自らも木剣を正しく構え直した。その構えに、先ほどまでの「訓練」の甘さは微塵もない。敵軍を蹂躙し、数多の首を跳ねてきた《鬼のガルド》の、本気の殺気が闘技場を支配する。
「来い。貴様らの『執念』、その身で示してみせよ!」
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