第二十六話 本の虫を舐めるな!最強の栄養学と鬼の素顔
図書館に戻った文乃は、椅子にも座らず床に大の字に倒れ込んだ。
「……秘策なんて、ないよーーーっ!」
天井に向かって叫び、ゴロゴロと床を転がる。長いお下げ髪が床に広がり、黒い渦を作る。
「なんで読書オタクで運動音痴の私が、鬼団長に勝てる方法なんか思いつけるのよ!むりむりむりむりーー!」
ひとしきり暴れた後、文乃はふと息をつき、天井を睨んだ。そして勢いよく跳ね起きる。
「……しゃあない! やるか!」
両拳を握りしめ、気合を入れる。
「この図書館には、この国の知識と歴史が詰まってる……。本の虫を舐めるなよ。あの鬼団長を倒すヒント、必ず見つけ出してやる!」
文乃は本の山にダイブした。そして数時間後、ある一冊に目を留める。
「……これだ!」
ページをめくれば、そこには『栄養学』の基礎が記されていた。カロリー、タンパク質、ビタミン、ミネラル――。読み進めるうちに、文乃の頭の中でパズルのピースが組み合わさっていく。
「鬼の特訓で身体を潰すんじゃなくて、まずは基礎体力をつけさせること……そのためには食事からだね」
机に広げた羊皮紙に、彼女は猛烈な勢いで筆を走らせた。オタク特有の過集中モードだ。黒縁眼鏡が怪しく光り、ペン先から煙が出そうなほどの速度で「最強の献立表」が出来上がっていった。
その足で城のキッチンに乗り込んだ文乃は、料理人たちを前に熱弁を振るった。
「料理で、人が健康になる……だと?」
初老の料理長が、資料を抱えて感嘆のため息を漏らす。
「俺たちの仕事は、ただ腹を満たすだけじゃなかったのか……!お嬢さん、協力させてもらうよ! 兵士たちを強くする料理、俺たちの手で必ず作ってみせる!」
その夜の夕餉。テーブルに並んだのは、彩り豊かな野菜の副菜、肉厚な焼き肉、雑穀パン。栄養バランスを極めたメニューは、騎士たちの胃袋と心を鷲掴みにした。
「うまい!体に力が湧いてくるようだ!」
笑顔が戻った騎士たちを、団長ガルドは腕を組んで冷ややかに見ていた。
「……騎士が、ちゃらついた料理に心を奪われるとはな。力とは、苦難を噛みしめることで鍛えられるものだ」
冷水を浴びせるような言葉に、文乃が立ち上がる。
「結果は――一ヶ月後に出ます。強くなれるかどうかは、その時まで待っていてください」
怯むことなく言い切った少女の姿は、騎士たちの心に火をつけた。
「団長に負けるな、俺たちが証明してやる!」
食堂の熱気は、文乃を中心に一つになっていた。
***
翌朝。
まだ薄暗い中、文乃は「かちゃ、かちゃ」という規則正しい金属音で目を覚ました。窓を開けると、広場で巨大な荷物を背負い、黙々と走り込みをするガルドの姿があった。昨日、部下たちが担いでいたものの倍はある大きさだ。
「……っ!」
息を呑む文乃。鎧の擦れる音と、力強い足音だけが朝霧の中に響く。
「あ、あの……団長」
思わず声をかけると、ガルドは足を止め、汗を拭いながら静かに答えた。
「日中は部下の指導と事務がある。己を鍛える時間は、この刻限しか取れん」
そして、意外にも素直に頭を下げた。
「……音で目を覚まさせてしまったか。すまない」
その一言に、文乃は背筋が伸びる思いがした。
(……この人、本当に口だけじゃない。誰よりも努力してる……!)
鬼団長の厳しさは、己への厳しさの裏返し。文乃はその重さを知り、敵ながら敬意を抱かずにはいられなかった。
そして一ヶ月という時間はあっという間に流れ、決闘前夜。
文乃は図書館で頭を抱えていた。
「勝てる気がしない……」
騎士たちの体力は向上した。だが、あのガルドの圧倒的な個の力に対抗するには何かが足りない。
「もっと……何か決定打になる知識が……!」
必死に書棚を漁る文乃の手が、一冊の古びた革表紙に触れた。月光に照らされたタイトルは――『兵法』。開いた瞬間、文乃の目に光が宿る。
「……これだ」
その夜、図書館に集められた騎士団員たちは、文乃が広げた羊皮紙を見て騒然とした。
「ここに書かれている事を俺たちにやれと言うのか!?」
「これは――戦争よ!」
文乃が机を叩いて一喝する。
「明日、私たちが相手にするのは“団長”じゃない。ガルドという強大な国なの。正々堂々も何もない。生き延びて勝つことが全てよ!」
その気迫に押され、騎士たちは覚悟を決めた。
その様子を、図書館の入口からこっそりと覗き見る黄金の髪の青年がいた。レオネル王子は、楽しそうに口元を歪めた。
「ふふ……私を除け者にして、随分楽しそうなことをしてるじゃないか」
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