第二十三話 兄弟の絆、そして裏で実る「禁断の果実」
決着がついた後。レオネルは、少し離れた場所で空を見上げていたノエルの元へ歩み寄った。夕日が、二人の影を長く伸ばしている。
「……ノエル」
「兄上。勝手な真似をして、申し訳ありま……」
謝罪しようとしたノエルの言葉は、レオネルの手によって遮られた。兄の大きな手が、弟の銀灰色の頭をくしゃりと撫でたのだ。幼い頃、よくしてくれたように。
「……完敗だ」
レオネルは、憑き物が落ちたような穏やかな笑顔を浮かべていた。
「私は『敵』を見ていたが、お前は『人』を見ていた。……お前の平和は、私の剣よりも強かったよ」
その言葉に、ノエルの深緑の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。ずっと兄の背中を追いかけ、コンプレックスに押し潰されそうになっていた日々が、夕陽の中に溶けていく。
「兄さん……。僕は、あなたの背中を守れるような、賢い盾になりたいんです」
「ああ。頼りにしているぞ、私の自慢の弟よ」
二人は固く手を握り合った。少し離れた岩陰で、その様子を見ていた文乃は、眼鏡の縁を指で拭い、ふぅと息をついた。
「……まったく。男兄弟ってのは、めんどくさいけど……悪くないわね」
長いお下げ髪を揺らし、彼女は満足げに微笑んだ。こうして、図書館から始まった小さな革命は、二つの国の未来と、兄弟の絆を救ったのだった。
***
――だが。その「平和」の裏側で、もう一つの、より恐ろしい革命が静かに幕を開けていた。
数日後の夜。周辺国の一つの王宮にて。お茶会から戻った王妃は、バラの香りの入浴を済ませると、寝室の扉に鍵をかけた。そして、宝石箱の奥に隠していた例の「小冊子」を、震える手で取り出す。
「他の方には決して見せないで、とおっしゃっていたけれど……」
おそるおそる表紙を開いた彼女の瞳が、最初の数行で大きく見開かれた。そこに記されていたのは、地政学でも植物学でもない。
リュクサールが誇る二人の王子――剛健なる第一王子レオネルと、可憐なる第二王子ノエルの、あまりにも禁断で、あまりにも熱い、妄想と愛憎が渦巻く物語(BL小説)だったのだ。
「……っ!? な、なんてこと……!兄様が、弟様の顎をクイと……!?」
衝撃に身を震わせながらも、王妃のページをめくる手は止まらない。一時間はおろか、一晩かけて一気に読破した彼女は、息を切らしながら羽根ペンを掴んだ。頬を紅潮させ、何かに憑りつかれたような速さで、本の著者である文乃への返信を書き殴り始める。
『至急、続きを。次号の送付を以て、我が国は貴国との永久不可侵条約を結ぶ所存です』
一方、リュクサールの王立図書館。文乃がいつものように山積みの古文書と格闘していると、バタバタと慌ただしい足音とともにノエルが姿を現した。その腕には、溢れんばかりの手紙の束が抱えられている。
「文乃さん!大変です、お茶会に招いた王妃様方全員から、あなた宛てに特急の親書が届きました!」
「次のお茶会の予定ですかね?」
「それが……中身を少し覗かせてもらいましたが、『続きを早く執筆しろ』とか、『次は騎士ガルドとの三角関係を熱望する』とか、僕には意味の分からない督促ばかりで……」
差し出された手紙の山を見た瞬間、文乃はガリガリと頭を掻きむしり、机に突っ伏した。
「あああああ……っ! 撒いた種が、予想外の方向に大豊作になっちゃったー!」
「文乃さん……?具合が悪いんですか?」
「これじゃ私の読書時間が、二次創作の執筆時間で減っちゃうー!」
頭を抱えて絶叫する文乃を、ノエルは不思議そうに、けれどどこか心配そうに見つめている。 国を救った世紀の軍師(司書)が、まさか自ら生み出した「禁断の物語」の需要に押し潰されようとしているとは、清廉な王子様は知る由もなかった。
リュクサールの平和は、こうして(別の意味でも)守られたのである。
ここまでお読みいただき、
本当にありがとうございます!
本作は6月末まで、
一気に完結に向かって毎日投稿予定です。
「続きが気になる!」「一気読みしたい!」
と思ってくださった方は、下にある
【ブックマークに追加】や【評価】を押して応援していただけると、完結までの執筆の最大の励みになります!
どうぞよろしくお願いいたします!




