第十八話 星へ還る王女、そして舞台裏の仕掛け人たち
「私は……星の定めに従い、この地を去る時が来たのです」
「なっ……待ってくれ!」
カイルが必死にすがりつく。「星の人」という突飛な設定。だが、今の彼にはそれが真実として響く。
文乃は、来年の星祭りの夜にまた会おう、という約束を残し、最後のダンスを彼に贈った。
音楽のない大広間で、二人が踊りだす。カイルの情熱的なリードと、文乃の優雅なステップ。美しい。悔しいほどに、美しい光景だった。本来なら、その手を取るのは私だったはずだ。だが今、彼女と心を通わせているのはカイルだ。しかし、彼女の「秘密」を握っているのは私だ。カイルが見ているのは幻影の王女だが、私が知っているのは、その下にある震える少女の素顔だ。その優越感が、私の胸の痛みを少しだけ和らげた。
「元気で! 俺の女神よー!」
深夜の鐘と共に、文乃の体がふわりと宙に浮いた。 天窓へと吸い込まれていく彼女を、カイルはいつまでも手を振って見送っている。
静寂が戻った大広間で、私はカイルに歩み寄った。
「……カイル。あんな出鱈目な嘘、本気で信じているわけじゃないだろう」
私がかける言葉を探しあぐねて放った問いに、カイルはしばし沈黙した。彼は夜空へと続く天窓を仰いだまま、ふっと短く、自嘲気味に笑った。
「……分かってるさ、レオネル」
その言葉が、具体的に何を指しているのかは分からなかった。『星へ帰る』という子供騙しの嘘のことか。それとも、あの王女が本当は誰なのか。あるいは――
カイルは天窓を見上げたまま、揺るぎない声で言った。
「嘘でもいい。彼女がまた会ってくれると言った約束だけは、俺の中では真実なんだよ」
私は言葉を失った。お前は全てを飲み込み、その上で愛することを誓ったのか。私の胸に残っていた黒い澱のような嫉妬や焦燥が、彼のその一言で浄化されていくのを感じた。
「……お前には敵わないな」
私は小さく息を吐き、カイルの肩をポンと叩いた。 完敗だ。今回は、お前の勝ちでいい。けれど、文乃の正体を知っているのは、まだ私だけだ。この優越感だけは、誰にも渡さない。
***
一方、天窓を抜けたさらに上、屋上の陰。ワイヤーに吊られていた文乃は、足元の床に着地すると同時に、赤髪を元の黒髪に戻し「ふぅ」と息をついた。そこには、巨大な滑車を必死に巻き上げていた執事アルノルトと、ワイヤーを回収するメイド長マチルダが待機していた。
「協力してくれて、ありがとうございます。おかげで上手くいきました」
文乃が深々と頭を下げる。汗を拭きながら、アルノルトがニヤリと悪戯小僧のように笑った。
「いやはや、中々面白い見世物でございましたよ。まるで本物の御伽話に出てくる王女のようでした」
マチルダもクスクスと笑い、眼鏡の位置を直す。
「殿下が直々に頭を下げて依頼に来られた時は、何事かと思いましたが」
マチルダとアルノルトは星空の下で目配せし、大舞台の成功を祝って小さくハイタッチを交わした。夜空には数多の星が輝き、地上では二人の青年が、それぞれの想いを抱いて空を見上げていた。
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