第十六話 かぐや姫作戦と、存在しない三つの宝
これほど熱烈に、かつ誠実に自分を探している男を前にして、知らぬふりをし続けることに罪悪感を覚えたのかもしれない。
もし今、彼女が「それは私です」と言ってしまえば、この騒動は終わる。カイルは歓喜し、彼女の手を取るだろう。
「……驚きました。立派なお考えです」
文乃のその言葉は、私に向けられた皮肉混じりの会話とは違う、一人の男性への敬意を含んでいた。 私は視線を逸らした。言えない。「それは君だ」と。 言ってしまえば、カイルは全身全霊で彼女を愛し、彼女もまた……。臆病な私は、ただ黙ってその茶番劇を見守ることしかできなかった。
カイルは身を乗り出し文乃に近づく。
「司書さん、君の知恵を借りたい。あの赤髪の少女を見つける方法はないか?」
カイルに詰め寄られ、文乃は困ったように黒縁眼鏡のブリッジを押し上げた。そして、早く仕事に戻りたい一心だったのかもしれない。ふと、ある物語を口にした。
「そうですね……私の故郷の古い昔話ですが。舞踏会で王子が惹かれた娘を、彼女が落とした靴を手がかりに国中を探したという物語があります。……まあ、現実的ではありませんし、何よりも証拠になる物がありません」
「なるほど! それだ!」
「えっ?」
「ありがとう賢き司書さん! 俺には靴はないが、名前と財力がある!」
カイルの目がカッ!と輝き、閃いたと言わんばかりに指を鳴らした。
ポカンとする文乃を置き去りにして、カイルは嵐のように図書館を去っていった。残された静寂の中、文乃は首をかしげて呟いた。
「……何だったんでしょう、あの人」
彼女はまだ知らない。自分がうっかり口にした昔話が、国を揺るがす大騒動の引き金になったことを。
***
数日後。私は再び図書館を訪れ、真っ青な顔をしている文乃の前に立った。
「……どういうことですか、王子」
文乃が震える声で尋ねてくる。彼女の手にあるのは、街で配られているカイルの『お触れ書き』だ。
そこにはこう書かれている
『レオネル殿下の誕生パーティーに現れた赤髪の少女を探している。十日後、王宮大広間にて待つ。名乗り出た者には、リュクサール国一の商家の長男の嫁の座を約束しよう』
と
「書いてある通りだ。カイルは本気でお前を探している。王都中の自称・赤髪の美女たちが、連日王宮に押し寄せているぞ」
「そ、そんな……! 私はただ、私の生まれた場所で語られている有名な昔話をしただけで……!」
文乃が頭を抱えて蹲る。自分の不用意な発言がここまでの事態を招いたことに、パニックを起こしているようだ。
「どうしよう……私のせいでこんな大事になっちゃって……それに結婚なんてしたら司書をやめないといけない!私まだまだこの子(本)達を全然読み終えてませんよ!」
涙目で見上げてくる文乃。その姿に、私の胸中で庇護欲と、暗い独占欲が交差する。カイルに渡したくない。だが、このままではいずれバレる。ならば――カイルの方から諦めさせるしかない。
「文乃。私にいい案がある」
「えっ?」
「以前文乃が話してくれた、文乃の故郷の昔話。たしか『タケトリモノガタリ』という話もあっただろう?求婚者たちに、無理難題を吹っかけて諦めさせる話が」
「あ、かぐや姫……」
「それだ。カイルにお前が望む『決して手に入らない宝』を持ってこさせるんだ。そうすれば奴も諦めるだろう」
これは私の卑怯な策略だ。カイルの情熱を利用し、文乃を守るふりをして、二人を引き裂く。だが、文乃は藁にもすがる思いで私の提案に頷いた。
「わ、わかりました。やってみます……!」
***
十日後・王宮大広間。王都は早朝から、お祭りのような騒ぎになっていた。王宮前には最後尾が見えぬほどの行列が蛇のように伸びている。
最前列の正面、玉座の隣に椅子を持ち込んで座るカイル。
「次、どうぞ!」
係の騎士が声を張るたび、赤い髪の“自称・運命の人”が現れる。だが、カイルの目は誤魔化せない。
夕暮れ時。すべての面会を終えた大広間には、カイルと私だけが残されていた。
「……いない、か」
カイルの肩が落ちる。私は諭すように言った。
「もうやめろ。これ以上は時間の無駄だ」
「帰らない」カイルは即答した。
「彼女を見つけるまでは、家には戻らない」
赤髪の王女が現れなければ諦めるかと小さな希望を抱いていたが、やはりカイルはその程度で諦めるような男じゃない。
その時だった。大扉が重々しく開き、夜の帳を背に、ひとりの少女が姿を現した。
真紅の髪が炎のように艶めき、美しいドレスは歩むたびに薔薇の香りを揺らす。カイルの瞳が見開かれる。 ――赤髪の少女。その正体が、魔法の万年筆で髪を染め、メイクで変装した文乃だとは、私以外誰ひとり気づかない。
彼女はカイルの前へ進み出た。カイルはその場に膝をつき、いつもの豪放な笑みを消して見上げた。
「俺と――結婚してくれ」
文乃は僅かに震える声で、私が入れ知恵した条件を突きつけた。
「……光栄です、カイル様。ですが、私は〈星の記録庫〉に封じられた“失われた叡智”を探す旅の途中なのです。それを果たすまでは、誰かの妻となる資格はありません」
私と文乃が考えた条件を聞いたカイルは瞳を輝かせた。自分で言うのもなんだが、なんて出鱈目な設定だろうか。しかしそれを聞いたカイルの表情は真剣そのものだ。
「その使命を、俺が終わらせてみせる!」
「……では、もしあなたが本気なら、三つのものを私のもとに届けてください」
文乃は静かに条件を告げた。
「一つ目――空を漂う浮島〈エリュシオン〉にある、天空樹の〈星雫の枝〉」
「二つ目――永遠に燃え盛る炎獣フェニクスの羽で織られた〈不死衣〉」
「三つ目――時間を渡る幻燕が産む、〈時渡り燕の未来貝〉」
大広間が静まり返る。どれも伝説やお伽噺に出てくる幻の宝ばかりだ。流石のカイルもこれで諦めてくれるだとろう……そう考えていた私が浅はかだった。カイルという名の嵐は彼女の言葉を聞くと更にその風力を増す。
カイルはニヤリと笑った。
「面白い。必ず三つ、そろえてみせる。そして君を星の使命から解放してあげよう!」
天空樹の枝、不死鳥の衣、時渡り燕の貝。どれもこの世に存在しない架空の宝だ。
「面白い。必ず三つ、そろえてみせる!」
そこからのカイルの奮闘は、見るに堪えないほど凄まじいものだった。 彼は本気だった。文乃が口にした、この世に存在しない「三つの宝」を求めて、彼は持てる人脈と財力のすべてを注ぎ込み、遮二無二駆け出した。
ある日は、灰まみれの顔で執務室に現れた。
「……天空樹の枝はなかったが、東の果てに似たような光る木があるという情報を見つけたぞ!」
またある日は、ナメクジの這ったような跡がある泥だらけの服で、図書館の床に座り込んでいた。
「……不老不死の衣は、どうやら砂漠の民が隠し持っているらしい」
三つの宝を探すため、国外にまで足を伸ばすカイル。日に日にやつれ、泥や傷にまみれていく親友。その真っ直ぐすぎる瞳を見るたび、私の胸には鉛のような罪悪感が沈殿していった。
これは、私が彼女を守りたい一心で入れ知恵した、存在しない物語なのだ。
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