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【書籍化】図書館の魔法は静かに始まる【一巻分完結済】  作者: はれはる
第三章 王子様の誕生日

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第十一話 絶対零度のメイド長と、悪夢のスパルタ淑女教育

「ずるい! 横暴だ! 完全に職権濫用じゃないですか!」


 文乃は椅子を蹴り倒しそうな勢いで立ち上がり、抗議の声を上げた。しかしレオネルは、そんな文乃の反論さえ楽しんでいるかのように、余裕の笑みを崩さない。


「ふふん、王子の特権というやつだな。立て」


 王子の有無を言わせぬ声に、文乃はむすっとした顔でしぶしぶ机から離れた。レオネルは腕を組み、眉間に深い皺を寄せながら、文乃の姿を頭のてっぺんからつま先までじっくりと観察する。その視線は値踏みするようで、文乃は思わず肩をすくめた。


「……何か、不満でもおありですか?」


「不満? いや、問題しかない」


 レオネルはバサリと切り捨てた。


「まず髪! 手入れはされているが、その長いお下げは野暮ったい! 次に目! 本ばかり読んでいるからくまがひどい! 姿勢は猫背! そしてその立ち方……足を開きすぎだ! 淑女の態度としては零点以下だな」


 容赦ない王子の評価に、文乃の頬がぴくりと引きつった。こめかみに青筋が浮かぶ。


「……帰らせていただきます」


「待て! 大丈夫だ!」


 踵を返そうとする文乃の肩を、レオネルがガシッと掴んだ。その顔には、なぜか自信満々の笑みが浮かんでいる。


「この私には秘策がある。我がリュクサール家が誇る、とっておきの最終兵器を呼ぼう!」


 そう言って、両手を高らかに打ち鳴らす。パァン!


「――マチルダ・グローネッ!!」


 レオネルの大声が王立図書館の高い天井に響き渡る。しかし、館の扉は開かず、廊下から駆け足で来る音もない。しん……と静まり返ったままだ。


「……誰も来ませんけど?」


 文乃は半眼で王子を睨み、しらけた声を漏らした。だが、レオネルは口元を不敵に吊り上げて笑う。


「いや、もうすでに来ている」


「――お呼びでしょうか、レオネル様」


 その瞬間。文乃の背後から、温度のない、しかし鈴を転がすように澄んだ声が響いた。一切の気配を感じさせなかったその人物の登場に、文乃の喉から悲鳴が飛び出す。


「ひゃあああっ!? い、いつの間に――っ!」


 心臓が口から飛び出しそうな衝撃に、文乃は腰を抜かしそうになり、机にしがみついた。振り返れば、そこには影のように静かに立つ一人の女性がいた。


 王宮メイド長、マチルダ・グローネ。


 ミッドナイトブルーの髪を、一筋の乱れもなくタイトにまとめ上げている。年齢不詳の美しい顔立ちだが、細身の眼鏡の奥にあるアイスブルーの瞳は、絶対零度の冷たさを放っていた。黒髪の文乃とは対照的な、冷たく、研ぎ澄まされた「夜の色」を纏う女性。


「ふふん、紹介しよう」


 レオネルが得意げに胸を張る。


「彼女こそ、リュクサール家が誇る最終兵器――メイド長、マチルダだ!」


 マチルダは表情一つ変えず優雅に一礼すると、眼鏡の位置を人差し指でカチリと直した。そして、無駄のない動作で文乃の全身をスキャンするように見下ろす。


「……なるほど」


 一言そう呟き、納得したように頷いた。その目には、汚れた皿を見るような厳しさがある。


「マチルダ、一晩でできるか?」


 レオネルが尋ねる。メイド長は鋭い眼差しを王子に向け、即座に答えた。


「愚問です。出来るかどうかではありません――やるのです」


 その言葉に満足げに笑ったレオネルは、「あとは頼んだぞ」と言い残し、早々に自室へと引き上げていった。残された文乃は青ざめた顔で、マチルダを見上げる。ここから、悪夢のような淑女教育が始まった。


 まずは髪型。


「痛みを感じるのは髪が生きている証拠です」


無表情で櫛を通され、引っ張られ、「いだだだだ!」と叫ぶ文乃。


次に姿勢矯正。


「頭上の水は王家の品位です。一滴たりとも零してはなりません」


 頭にフィンガーボールを載せられ、歩く練習。ほんの数歩で水をぶちまけ、「む、無理ですぅぅ!」と絶叫する。


 さらにコルセットの装着。


「息をする暇があるなら、腹筋を引き締めなさい」  


 マチルダが容赦なく紐を締め上げると、文乃は「ぐぇえええ!」と淑女にあるまじき声を漏らす。

 夜を徹して続いた特訓は、まさに鬼のスパルタ。  だが、罵倒されても、転んでも、文乃は歯を食いしばって立ち上がった。


「やるからには完璧にやりたい」という、彼女本来の負けず嫌いな性格に火がついたのだ。その瞳が諦めから闘志へと変わっていく様を、マチルダのアイスブルーの瞳は静かに、しかし確かな評価を持って見つめていた。


 そして――図書館の窓から朝日が差し込む頃。


「……合格です」


 マチルダの短い言葉とともに、特訓は終わった。  二人は互いに見つめ合い、ボロボロになりながらも、やり遂げた達成感を胸に抱きしめ合った。


「よくやり遂げましたね、文乃。あなたは……私の誇るべき生徒です」


 マチルダは珍しく声を震わせ、人間らしい体温のある賛辞を贈る。


「マチルダさん……ありがとうございます。あなたがいてくれたから、頑張れました」


文乃もまた涙を浮かべ、感謝を口にする。

 それは、まるでスポ根アニメの監督と選手が最後に交わす抱擁のような、熱く固い友情の証だった。

 

ここまでお読みいただき、

本当にありがとうございます!

本作は6月末まで、

一気に完結に向かって毎日投稿予定です。


「続きが気になる!」「一気読みしたい!」

と思ってくださった方は、下にある

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どうぞよろしくお願いいたします!

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