第五章 ひとつの結末 十四
「なんの用だ。こんな時間におまえがここに来るなんて、珍しいな」
椅子から立ち上がりながらそう告げると、月世は、
「話したいことがあるんだ」
と言った。彼の声の響きには、わずかばかりの緊張が混じっていた。
天井から降る照明の光が、月世の相貌を鮮やかに際立たせる。純はそのさまを見て、感嘆のため息をひそかに漏らした。
「入っていいか?」
「うん、いいよ」
石灰色の野袴を着た月世が、静かに、音ひとつ立てず入室してくる。その所作もまた、文句なしに美しいものであった。
畳のへりを踏まずに歩み寄ってくる彼の姿に、純はまたしても感じ入ってしまう。
「あれから数日が経過したが、体の具合はどうだ」
「ああ、それなら大丈夫だよ」
純は、とん、と胸を叩いた。
「どこも痛くないよ。ていうか、おまえやハルさんたちが守ってくれたおかげで、傷を受けずに済んだしさ」
「当たり前だ。妻を護れぬ夫など、生きる資格がない」
「それは言い過ぎだってば」
「……そうか?」
「そうだよ」
月世が歩く。純も歩く。控えめな足音がふたつ重なって、夜のしじまに馴染んでゆく。
そうして二人は、互いの吐息が触れ合う地点まで距離を縮めた。
月世の顔を仰ぎ見る。
彼の表情もまた、緊張でこわばっている。
「どうしたんだ、一体。なにをそんなにテンパっているんだよ」
「実は……」
そこで月世が会話を止めた。それからわずかに視線を右に逸らすと、
「実は、おまえに隠していたことがある」
と告げた。
「なにそれ。なんのことを言ってるわけ?」
笑いながら訊ねると、彼は瞳を純へと戻し、
「皆方颯という完全男性体を知っているか?」
と切り出してきた。
「あ、うん。知ってるよ」純は笑顔を維持したまま、答える。
「法術局熊本支部の支部長さんだろ。新聞で何回か、名前を見かけたことがあるぜ。……あ、そういえば、『俺を法術局に入れようとしたのは、皆方さんだ』と、前におまえが話してきたことがあったよな」
「そうだ。その皆方さんが俺をスカウトしに来たんだ」
頭の上に疑問符が、いくつも浮いた。月世ってば、どうしちゃったんだろう。突然、法術局の支部長さんの話なんか持ち出してきて……。
しかし、純はあえて無言を貫いた。月世の声が聴きたいから、彼の声がいとしいから、彼の声が恋しいから、そうした。
「純。これだけは言っておく。もしも皆方さんに会ったら、全力で逃げろ」
「……え?」
「皆方さんに会ったら、すぐに逃げるんだ。あの人は真性の変態だから」
「どういうこと?」
すると、月世はまたも視線を逸らして、
「あの人の趣味は、自分の肉体を使って魔術実験を行なうことなんだ」
と言った。
純は目を白黒させた。
「それ、本物の変態じゃん……」
「ああ、絶対的な変態なんだ。皆方颯という人は」
二人して黙り込む。
海の底のように静かな時間が数秒ほど流れたあと、月世が視線の位置を元に戻した。
それから彼は──、一呼吸置いたのち、深みのある美声をもって続きを繰り出してきた。
「『実は、俺たちの出逢いはすべて仕組まれていたことなんだ』と言ったら、純、おまえは怒るか?」
「……仕組まれてた……って、なんだよそれは」
「だから、俺たちの出逢いは仕組まれていたんだ。皆方さん主導でな」
純は目を見開いた。
まったく信じがたい話であった。
【続く】
【裏話】
「石灰色」という単語を使うかどうかで、めっちゃ迷いました……。
あと、この話、情報量が多すぎるので、読者の皆さんに物凄い負担をかけているかと思います。
申し訳ない……。




