第五章 ひとつの結末 十三
リーリアが眠る星来を抱いて神域に戻ったあと、正絹は、仕事の関係で熊本を離れた。屋敷に立ち寄ることもなく、宿泊先のホテルから新幹線で東京に向かったとのことだった。
また、その話を伝えてくれた千晴も、天宮の家には寄らなかった。激戦を終えた直後、
「僕がこの公園に来たのは、法術局の上層部の方に、星来兄さんの始末を依頼されたからなんだ。だから、これから局員さんのところに行って、結果を報告してくるよ。それからついでに、事後処理も頼んでくるね」
と言って、姿を消してしまったのである。
そうしてその数日後、純は自室でいつものように宿題をしていたのであるが──。
机の上の置時計が午後八時を示そうとしたとき、軽快なメロディが鳴った。スカートのポケットに入れてあったスマホが、着信を知らせたのである。
急いで懐に右手を突っ込み、発信者の名前を確認する。
「時田……? なんであいつが」
純は驚きの声を上げた。
過去に連絡先を交換していたのだが、彼女から電話をしてきたのは、これが初めてだったのだ。
「なんだろ?」
訝しむ気持ちをそっくりそのまま言葉にしつつ、とりあえず、液晶画面を軽く押した。
「もしもし、渡良瀬くん。いまお話しできるかしら?」と告げてきたその声は、まぎれもなく、時田奏からのものだった。
「いいけど……。でも、どうして」
「どうしてもお知らせしたいことがあるから、電話をかけたの。こんな遅くに連絡してごめんなさい。謝るわ」
「それは別にいいけどさ、どんな用件があって、おれに電話したんだよ? 明日、教室でも会えるじゃないか」
「そうね……。だけど、早いうちにお伝えしたほうがいいかなと思って。それで、いま話すことにしたの」
「話すって、なにを?」
「あの日のことよ」
椅子の背もたれに預けていた背中が、わずかに浮き上がった。前傾姿勢をとったため、自然、そのような体勢に切り替わってしまったのである。
「天宮千晴さんのご職業は、フリーランスの魔術師だそうね。それで時々あの方は、法術局からの依頼も受けているとお聞きしたのだけれど」
「あ、ああ。……そうだけど。それが一体どうかしたのか?」
「実は、法術局の関係者が未来視の力を用いて、千晴さんにあなたの未来を教えたそうなの。そのときは、あなたが殺される未来しか視えなかったそうよ。だから、千晴さん、急いであなたの居場所を探したのよ」
「そんなことがあったのか……」
「ええ」
そして、少しの間、会話が途切れた。
と同時に、池のほうから、ちゃぽんと派手な水音が上がる。
きっと、この家で飼っている錦鯉が水面から跳ね上がったのだろう。
夜は深い。
朝は遠い。
けれど、純の心は不思議と穏やかだった。
愛するつがいの存在が、晴れた気分を底上げしてくれる。だから、なにも気にせずに、時田の口から放たれるであろう次なる言葉を辛抱強く待ちつづけた。
「星来さんが襲撃を実行したあの夜、もうひとり、町を守るために協力してくれた人がいるわ」
「誰のことを言っているんだ?」
興味本位で問いただしてみたところ、時田はこう告げた。「流鏑馬先生よ。実は、先生も星来さんの企みを挫くために動いてくれたの」
「先生が……」
「ええ、そうよ。流鏑馬先生が私たちを正絹さんに紹介してくださったの。そのとき、正絹さんは、すでに千晴さんと合流していたわ。本来なら、お二人で渡良瀬くんを助けに行く予定だったけれど、私と明日美が同伴することを認めてくれたの」
「時田の魔力って、かなりのものらしいからな。月世がそう言ってたし」
「まあね」
時田の声が電話の先から聞こえた。彼女のものにしては珍しい、子どもっぽい、まったく邪気のない笑声が、スマホを通して純の耳に届いたのだった。
「流鏑馬先生は、公園の外で、法術局の局員さんたちと結界を張りつづけていたわ。星来さんが気を失うまでずっと、そうしていたの」
「そっか……。先生は陰の功労者ってわけだな」
「頼りになる方だわ。ええ、本当に」
それから、話は他のことに移った。とりとめもないことを、二人で喋った。その間、時田はずっと楽しそうに声を弾ませていた。年頃の女の子のように無邪気にはしゃいでいた。
──なんだ、こいつ、かわいいとこあるじゃん。
純はそう感じつつ、通話を切った。そして、自分の頬がしっかりゆるんでいることに気づく。
と、そのときだった。
「純。話があるのだが」
扉の先から声が響いてきた。
月世の声だった。
【続く】
【裏話】
あと1話か2話書いたら、終章に移ります。
※次回の更新は、本日の12時30分頃です。
※2026 4/4 加筆修正しました。




