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第五章 ひとつの結末 十二

「『父親を憎むな。他の者に危害を加えようとするな』と、私は星来に忠告をした。何度もした。けれど、あやつはまったく耳を貸さなかった。幸美の死をきっかけに、他者への憎悪が爆発的に高まってしまったから」

彼女はそこで、言葉を切った。そしてわずかにおもてを伏せると、

「……あやつの暴走を妨げる力は、私にはなかったのだ」

と言った。

こがね色の美しい髪が、街灯の光に照らされて淡くきらめく。

純はその様子を見て、心のうちで「綺麗だ」と呟いた。

「でも不思議ね。あなたほどの力の持ち主ならば、星来さんを無理やり止めることくらい、簡単にできるはずなのに」

足音ひとつ立てずに進み出ながら、時田が口を挟む。

しんと静まる夜空には、変わらず、レガリアが浮かんでいる。

「時田奏。確かに君の言う通り、私には星来を止める力がある。やろうと思えば、星来の体や心を操ることもできる。

しかし、──しかし、私はそんなこと、したくなかった。あやつの自由をこの手で奪いたくなかったんだ……」

「なぜだ? なぜ、星来の暴走を止めずにいたんだ」

月世がリーリアに真意を問いただしたところ、彼女は純の顔をしっかりと見据えたまま、

「星来のことを愛しているからだ」

と答えた。確たる意思のうかがえる、力強い口調であった。

「私には未来視みらいしの力が──、未来をる力がある。だから、星来が神苑の住人を襲撃することをあらかじめ知っていた。だが、それでも、私はあやつから自由を奪いたくなかった。幸美以外の誰からも愛されなかったあやつが不憫ふびんでたまらなかったから、あの子からなにも奪いたくなかったんだ……」

親心おやごころが芽生えたというのか?」

再度さいど月世が問いかけを放つと、彼女ははっきりとした声で、

「そうだ」

と言った。この言葉にも迷いはなかった。

「星来は、幸美からの愛だけを欲しがっていた。私は星来にとって、なんの意味も持たぬ女だった。同じ城で寝起きしているだけの、赤の他人でしかなかった。

けれど、暮らしをともにするうちに、私はあやつに愛情を感じるようになった。星来は、私にとって、我が子同然の存在。そう思うようになったのだよ」

純はリーリアの心情しんじょうを想像した。

幸美を失った星来を見て、きっと、彼女は胸を痛めたのだろう。天宮家への恨みを募らせる彼を見て、「全力で止めたい」と考えたのだろう。

だって、彼女にとって、星来は自分の子どものようにかわいい存在であったのだから。

親ならば、──自身の子に愛情を持っている親ならば、誰だって、我が子が憎しみに身を任せる姿など見たくはないはずだから……。

「だから、渡良瀬純、私は君にすべてを託すことにしたんだ」

リーリアが静かな声で言った。

「私には二つの未来が視えた。君が星来を殺す未来と、星来を呪いから救う未来がね。だから夢を通して、君にメッセージを送りつづけたんだ」

「そんなまどろっこしい真似なんかしなくたって、おれに直接接触すればよかったのではないかと思うんですけど……」

心に浮かんだ疑問をそのまま声にあらわすと、彼女は、

「それは無理な話だ。そんなことをしたら、星来に気づかれてしまう。そうすれば、私の計画は台無しになってしまう」

と返事をした。

彼女の表情はいつもと同じく、感情というものを一切排していたが、声はなぜだか苦しげだった。少なくとも、純の耳にはそう聞こえた。

「……星来はしばらくの間、深い眠りにつくことだろう。呪いの化身たる邪神が、こやつの生気も魔力も存分に吸い上げてしまったのでな」

そうして、リーリアは微苦笑びくしょうを浮かべた。

嘘のように綺麗な笑顔に面して、純は一瞬、どきまぎする。

だが、その動揺はすぐに消えた。「おれには月世がいる」「愛するつがいが、おれにはいる」という自覚が、心に湧いたためであった。

「星来は私が連れていく。いつ眠りから覚めるのか、いまの私にはまったく視えぬのだが、とりあえず神域しんいきにて休ませることにする。

目覚めたらまた町を襲うかもしれぬが、それでも生きていてほしいのだ。自分でも誠に身勝手だと思うのだが、私はこの子に、愛する我が子に生きていてほしいんだ……」

そこで純は一歩前に出た。そして、いまだ微苦笑を浮かべたままの彼女に向かって、とびっきりの笑顔を向けた。

「もしも星来が襲ってきたら、おれが止めますよ。何度でも止めます。だから、リーリアさん、星来をそばで見守ってやってください。そして、もしもこいつが目覚めたら、『友達になろう』と伝えてやってください」

「……いいのか? こやつは君を陥れようとしたのだぞ?」

「はい、大丈夫です。これはおれの勝手な想像なんですけど、星来って、普通の家庭に生まれていたら、誰にも迷惑をかけない真っ当な人生を歩んでいただろうなって思うんです。だから、『おまえさえよければ、おれと友達になってくれ』と伝えてください。おれ、星来が目覚めるのをずっと待っていますから」

静けさが積もりゆく。

深まる夜の中、沈黙がとばりのように降りてくる。


「……ありがとう、渡良瀬純。心から君に感謝するよ……」

リーリアが震え声で、そう告げる。

彼女の目のきわから一筋の涙がこぼれ、白い頬をたどり、それはやがて──土の上にぽたりと落ちた。


【続く】

【裏話】

ストックが切れたので、いまから書きます。


※続きを書きました。次回の更新は本日の7時30分頃です。

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