第五章 ひとつの結末 十一
女の姿が消えたあと、純はしばしぼうっとその場に立ち尽くした。風の冷たさはやはり少しも感じなかった。通りのほうからうっすらと響いてくる自動車の排気音のみが、耳に残った。
どれほど時間が過ぎた頃だったろうか。
利き手に持っていた剣が一瞬光り、───やがて音もなく消えた。倒れ伏した女と同じように、霧状の粒子となって空気中に溶け込んだのである。
「渡良瀬純」
背後から呼ぶ声があった。
幻想種の王リーリア・ララファウスが、後ろからそっと忍び寄ってきたのだ。
「リーリアさん……」
純は彼女の名を呼んだ。
けれど、その先どう続ければよいのかわからず、押し黙った。
「星来の身を蝕んでいた邪神、もとい呪いの化身は、おまえの手で討ち果たされた。エクストラオメガであるおまえでなければ、あやつを倒すことができなかったのだ」
「でもそれは、リーリアさんが協力してくれたからです。おれはただ、二つの剣のどちらかを選んだだけで、別に大したことはしていません」
すると、彼女は二回ほどまばたきをし、そして告げた。
「その選択こそが、私の仕組んだ試練であったのだよ」
「え……?」
純は驚きの声を上げた。
「試練」という単語が心に引っかかったためであった。
二人の会話に少しの間隙ができる。
結界の中にいる月世たちは、純とリーリアを黙って見つめている。
「おまえが星来を犠牲にする道を選んだ場合、私はおまえを殺すつもりだった」
「……殺す? おれのことを?」
「そうだ」
リーリアがうなずく。
彼女の細いおもては、峻厳な表情をたたえている。
「昔、森の中をさまよっていた幸美と星来を保護したのは私だ」
想いもよらぬ告白に純はたじろぎ、一歩後退した。
制服のスカートが動作に合わせて、さざなみのように軽く揺れる。
「父様はご存じでしたか?」
結界の術を解きながら月世が問うたところ、正絹は首を横に振った。
「いや、初耳だ……。魔術で二人の行方を探知していたが、ある日を境に消えたから、てっきり死んだものだと思っていたよ」
「それは私が二人を神域に連れていったからだ」リーリアが言った。
「神域は幻想種の世界だ。よって、人間たちの魔力はほとんど無効化される。天宮正絹の魔力とて例外ではない」
「父さんの魔力を打ち消すことができるなんて、神域って凄いところなんだな……」
千晴が驚嘆する。
「二人を保護したまではよかったのだが、そのあとしばらくして、幸美は亡くなった。だから、遺された星来は私が養育したのだ」
純はそこで、はっと思った。
「そういえば、星来が言ってた! 『俺には仲間がいる』って……」
顔を上げ、リーリアのおもてを見やると、彼女はまたしてもうなずいた。
「その『仲間』とは、私のことで合っていると思う。幸美の代わりにあの子を育てたのは、この私だしな」
そして、彼女は純の瞳を見つめ返すと、
「だから、星来を殺すという選択股を選んだら、私の手で君を葬るつもりでいた」
と言った。
彼女のまなざしは、遠浅の海のように綺麗に澄んでいる。
【続く】
【裏話】
「リーリアにはリージアという名前の妹がいる」と前に書きましたが、一緒には暮らしていません。
理由はちゃんとありますが、ここでは書きません。
次回の更新は、本日2時30分頃です。
※2026 4/4 加筆修正しました。




