第五章 ひとつの結末 六
静寂に包まれていた公園内に、大きなどよめきが起こった。
無理もない話であった。
まさか、星来の指爪から竜が生まれ出るとは誰も予測しえなかったであろうから。
「これが俺の切り札だ」
ニヤリとほくそ笑みながら、星来が言った。その間も、彼の爪からは、煙霧状の黒い物体が立ちのぼっている。
「月世」
「わかっている」
千晴の声に月世が応じた。そして、彼は呪文をすぐさま詠唱すると、銅色に輝く結界を張り巡らせた。
純は感嘆の息を漏らした。
さすがは防御魔法の第一人者と賞賛すべきであろう。月世の張った結界は、黒竜の吐き出す炎も氷も難なく弾き返していく。
「月世! てめえ、余計な真似をしやがって!」
鬼気迫る形相で星来が叫んだ。
街灯に照らされた彼の顔は、果てなくこわばり、凍てつき、歪み切っている。
数頭もの黒竜がしなる樹枝のようにゆらりとうごめき、炎や氷を際限なく吐き出し、容赦のない攻撃を仕掛ける。
けれども、アルティメットアルファとして覚醒した月世の魔力は、それらをすべてしのぎ切ってみせた。
弾力を持った結界の表面が、火炎も氷塊もことごとく跳ね返していく。
「星来兄様……。もうやめるんだ。いまのあなたでは俺たちには勝てない」
月世が警告する。
しかし、怒りに我を忘れた星来にその声は届かない。
「うるせえ……。俺はな、この竜どもと──敵性幻想種の長たる邪神どもと契約したんだ。魔力や生命力と引き換えにな!」
「そうまでしてこの町を壊したいのか」
悲しげにうなだれながら、月世が訊ねる。
暗がりの中、邪神たちが首を垂れては、炎と氷を結界に向けて幾度も放つ。結界の表面に衝撃が奔ったが、純はあえて星来の姿を捉えつづけた。
──泣いているように見えたのだ。彼が。
「ここは同情すべき場面ではない」と、自身に言い聞かせている。もう何回もそうしている。
だけどそれでも、純の目は、心は、星来の背負う苦悩と悲哀を覗き込もうと試みるのだ。
敵に情けはいらない。
歯向かってくる輩は全員、断罪すればいい。
でないと、自分が死んでしまう。町も消えてしまう。
しかし、純は悩みに悩んでしまうのだ。彼を悪と見立てて裁くことが最善の策なのか、と。
父に裏切られ、最愛の母を失った星来は、邪神と契約してまで町を破壊しようとしている。この町に生きる命すべてを終焉に導こうとしている。
──友達になりたい。
いつかそう考えたことを、ふいに思い出した。そして、それがどだい無理な話であることも。
なのに、胸に兆した願いはいつしか、祈りに近い想いへと変じていった。
星来はいま、憤怒の表情を浮かべている。「目につく生き物を片っ端から殺してみせる」という強い決意すらうかがわせるような、強烈な怒気を顔全体にみなぎらせている。
星来は激怒している。
しかし、純の心は、彼の表情を「泣き顔」だと解釈してしまうのだ。どうしても。自分でもどうしてそう考えてしまうのか、説明できないけれど。
と。
結界を攻撃していた黒竜たちが突然体の向きを変えて、星来の周囲を取り囲み、──彼の体に炎と氷を浴びせかけた。
【続く】
【裏話】
誤字脱字を発見したので、連載が終了したら推敲します。
申し訳ございません。
※次回の更新は21時30分頃です。
※2026 4/4 加筆修正しました。




