第一章 渡良瀬純とそのつがい 五
「少年」と呼ぶにはまだまだ幼すぎた当時、純はよく父方の祖父母の家に通った。当然ながら両親同伴のうえでの話であったが、事あるごとに祖父母の家に車で行った。高速道路で片道一時間弱の道のりだった。
母方の祖父母宅が田畑のど真ん中にあるのに対し、父方の祖父母の家は霧の漂う山中にぽつんと建っていた。勾配のゆるい坂道の先の先にミニチュアめいたスレート屋根の家屋がひとつあった。庭には柿の木がいくつも植わっていた。純は祖父母の家の素朴な佇まいを愛していた。
だから高速での往復がちっとも苦じゃなかった。むしろわくわくしていた。車窓を流れる街の景色を見るのも好きだった。
けれど、その頃の純が最も好いていたのは、祖父母宅から少し離れた場所にある小川だった。背丈よりも大きな水車が、休むことなく回っているのが面白かった。穏やかなせせらぎや、日光を反射してきらめく水面、名も知らぬ川魚を観察するのも、楽しかった。
どうしてあの小川に熱中していたのか、どうしてあの小川にああまでとらわれていたのか、十六歳を迎えたいまとなっては説明のしようがない。
発作めいた謎の情熱に急かされて、対象に愛を捧げる。熱意を込める。夢中になる。幼少期とは、つまりそういうものだからだ。
そうして、六歳の誕生日がいくらか過ぎたある日のことだった。その日は、厚手の上着を着ていてもさむけを感じるほどに冷えていた。吹きすさぶ風が何度も窓を叩くような、とりわけ寒い一日だった。
例のごとく、祖父母の家に遊びに行った純は、
「小川には行かないようにね」
と注意を受けた。祖父も祖母も両親も繰り返しそう告げてきた。
けれど、六歳児の行動力はときとして、大人の想像を軽く凌駕するものだ。
純は、母親に買ってもらったばかりの濃紺のジャンパーを着込むと、監視の目をくぐり抜け、迷いのない足取りで小川へと歩いた。そして、そこで魔が差した。
──小川のずっと先にある水源とやらを、一度でいいからこの目で見てみたい。
そう考えてしまったのである。
そうして欲求に突き動かされるまま、無計画にも水源のある方角を目指してしまったのだが……。
夜になって、純はみずからの愚かさを思い知ることとなった。
濃霧の立ち込める夜の山の中で、迷子になってしまったのである。
【続く】
【裏話】
この話に登場する「父方の祖父母の家」のモデルは、私の祖父母の家です。




