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第四章 エクストラオメガ 七

回るレガリアにしばらく見とれていたところ、黙って座っていた月世が、

「純」

と、低く呼びかけてきた。そしてあらたまったように体をこちらに向けると、

「俺に唇を奪われたことを後悔しているか?」

と訊ねてきた。

彼の顔の傍にはやはり、第二性や能力値などの個人情報を示す文字列が並んでいる。

しばらく沈黙したあと、純はそっと首を振った。縦ではなく横に、一度だけ振ったのだった。

そして、言う。「後悔なんてしていない」と。一語一語噛みしめるように、はっきりとした声でそう告げる。

口にした言葉に嘘はなかった。実際、月世とのキスによって、純の心身は、絶大な充足感と幸福感を得たのだ。嫌悪感なんて湧くはずがない。

「そうか」

月世が安心したように、ふ、と息を吐いた。

「うん」

純もつられて、安らいだ息を吐いた。

二人は示し合わせたかのように見つめ合い、──そして、笑った。心と心を通じ合わせた喜びを確認し合っては、ひとしきりあたたかな笑みを交わした。

純の心は、足をぬくめる湯水ゆみずのようにほんのりとした優しい熱を帯びていた。「愛」という名の尊い感情がその根源であった。

想いと想いが寸分すんぶんたがわず重なり合った奇跡。

それは新たな苦難を呼び寄せる原因になりうるのかもしれなかったが、しかし、「それでもいい」と純は思った。

月世と愛し合えるのなら、どんな困難もおれは乗り越えてみせる。

どんな犠牲を払ってもいいから、月世と一緒にいたい。

運命や本能なんてどうでもいい。ただ、月世の傍にいたい。ずっと、こいつの隣で優しく微笑んでいたい。

この幸せを手放したくない。

月世を幸せにしたい。

全力を尽くして、月世に幸せを与えたい。

──そう思った。

ふいに、彼の指が、綺麗に整った手指てゆびが、細い顎先あごさきに柔らかく触れてきた。どこかしら遠慮を感じさせる動作でもあった。

触れてきた指から、切なる恋心が流れ込んでくる。染み込んでくる。

そんな錯覚を抱いたが、それはむろん、単なる錯覚でしかない。

けれど、純は幸せだった。彼に愛される幸福、そして彼を愛する幸福を想うだけで、胸がいっぱいになった。

目を閉じて、キスをする。

奪うようなくちづけでなく、慰めのように穏やかなくちづけをひとつ与えられ、純はついに涙した。

悲しいから泣くのではない。

嬉しいから泣くのだ。

恋を知ってから初めて理解した。「人は幸せを感じすぎると、かえって胸が苦しくなって、どうしようもなくなって、ついには泣いてしまうんだ」と悟った。

「すまん」

まぶたを開けた瞬間、憂い顔の月世が視界いっぱいに見えた。

純はもくしたまま、首を横に振った。

目に映る景色の鮮やかさ、晴れやかさに、さらなる涙を誘われた。

愛し合う者だけが享受きょうじゅできる幸福が、新たな視点を純にもたらした。


幸せだった。

言葉で表現できぬほどに、幸せで、幸せで、もはやなにも言えなくなった。


【続く】

【裏話】

まだ21時前ですが、少し時間が空いたので投稿しました。

次の投稿は午前0時頃になります。

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