第四章 エクストラオメガ 五
力に目覚めたことを打ち明けるつもりなど、さらさらなかった。「言ったら言ったで相手の混乱を招くだけだ」と、結論付けたものだから。
けれどオメガクラスに着くなり、時田から、
「あら、渡良瀬くん、おはよう。ついに天宮さんにキスされたのね」
と言われてしまった。しかも彼女は、しごくさらりとした口調で、
「その目、面白いわね」
と、追い打ちをかけてくる。
純はたじろいだ。
こんなに早く見破られるなんて思いもしていなかったものだから、引き戸を開けたままの格好で、数秒間その場に固まってしまったのである。
「純ちゃーん、寒いから早く閉めて閉めてーっ」
と、剣崎が呼びかけなかったら、まだ静止していたかもしれない。
だが、こんな場所で硬直したところで埒が明かない。
純は静々と中に入ると扉を閉めて、自席に向かった。
胸に湧いた動揺が収まらなくて、心臓がどきどきと騒がしく鳴っている。ひと足進めるごとに鼓動が高鳴るといった調子だ。「落ち着け、落ち着け」と胸のうちで繰り返し唱えてみるが、一度揺らいだ心はそう簡単に元に戻ってくれない。
「つがい同士で契りを結んじゃったのね。おめでとう」
席に着いた純に向かい、時田が笑顔で言葉を投げてくる。その顔にも口ぶりにも悪びれた様子はちっともうかがえない。
「なになに? 純ちゃん、天宮さんととうとうしちゃったの?」
剣崎が、後ろの席から身を乗り出さんばかりの勢いで訊ねてくる。
純はうつむいた。おそらく、いまの自分はかなり赤面しているに違いない。その証拠に、ほら、耳の先までもが物凄い熱を感じているんだもの……。
「あーっ! やっぱり、しちゃったんだぁ」
剣崎がけらけらと楽しそうに笑う。そして、
「おめでと。よかったねえ、純ちゃん」
などと、親しげに声をかけてきた。
「ちっともおめでたくねえよ……」
純は後ろを振り向いて、剣崎へと目をやった。
「時田の奴にはもうばれてるみたいだから、この際言っておくけどさ。おれの目、おかしくなっちゃったんだよな。なぜか、道行く人たちの個人情報が見えるようになっちまったし──、」
と。
そこまで言いさして、純は「あ?」と驚きの声を上げた。
……見えないのだ。まったく。
月世や他の人たちの個人情報ははっきりと視界に映っていたというのに、時田と剣崎に関する情報はほとんど見えないのである。
かろうじて名前をあらわす文字列だけは目に入ってくるのだが、それ以外の情報は黒い線のようなもので塗り潰されているのだ。
「どうしたの? 渡良瀬くん」
にやにやしながら、時田が訊いてくる。
「いや……。おまえらの情報がほとんど見えないから、ちょっとびっくりしてるんだ。他の人の個人情報はこの目にばっちり映ったのに、なんでおまえらのは見えないんだろ?」
すると、二人は意味ありげに微笑した。
そうして、
「ときが来れば見えるようになるわよ」
「そうそう。純ちゃん、そのときが来れば見えるようになるから心配しなくていいよー!」
という、これまた意味深長な台詞を口にするのだった。
【続く】
【裏話】
キスシーンを書くのが楽しかったので、終盤でまた書くかもしれません。
※2026 4/4 加筆修正しました。




