第四章 エクストラオメガ 二
目が覚めた。
掛け布団の中にあった体に若干の汗がにじんでいるのを感じ、純は思わず、
「また、変な夢を見ちまった……」
と呟いた。透かし彫りの刻まれた天井は、普段見慣れたそれとまったく同じものであった。
──実に不思議な夢だった。
夢で出会ったあの女性は、まるで自分のことも星来のこともすでに知っているようであった。
けれど、彼女はみずからの素性を一切明かさなかった。ただ、「星来を助けてやってくれ」と頼み込んできた。
だからこそ、妙に引っかかるのだ。
星来は敵だ。天宮家だけでなく、この町を全部壊したがっているような危険人物だ。
なのに、「星来を助けろ」だって? 積年の恨みをこじらせている人間など、どうやって救い出せばいいんだ?
それに、あの女性が最後に言い残した言葉が気になる。「君は新たな力を得ることになる」と彼女は言ったが、果たして、あの言葉にはどのような意味が込められているのだろうか。
「おれは一介の学生でしかないのに」
魔術師でも神能者でもない自分は、非力だ。非力そのものだ。
なのに、女は言ったのだ。「君は力を得る」と。確たる自信を抱いているような口ぶりで。
「そんなこと無理だってば。だって、おれはごく普通の絶対女性体だし、魔術師でもなんでもないんだし」
言いながら、クローゼットにしまい込んでいたセーラー服にいそいそと着替える。時折、部屋の隅に立てかけてある姿見で自身の外見を確認したものの、何度確かめても、女性化した自分の姿には慣れなかった。
だけど。
「……おれ、キスしちゃったんだよなあ。月世と……」
リボンタイを襟に装着したところで、純は、はあ、と嘆息した。
彼に触れられて嫌だったわけではない。むしろ、「嬉しい」とすら思った。
だからこそ、ため息が深く漏れ出てしまうのである。「兄のように慕っていた男性と唇を重ねてしまった」という事実に、打ちのめされてしまうのである──。
「しかし、おれの力ってなんだろ。そういえば、時田も『あなたが力に目覚めないと世界が滅ぶわ』なんて言ってたけど、あれは一体なんだったんだろうな」
だが、いくら考えたところで正答を得られるはずもなく。
純は早々《そうそう》に考えを打ち切って、廊下に出た。別段、寒くはなかった。
おそらく、月世がこの屋敷全体に、気温調整の魔術をかけてくれているんだろう。彼は細やかな気配りができる男だから。
小さくあくびをしながら、長い廊下をひとりで歩く。紺色の厚手の靴下を経て伝わってくる木の感触が、身に染みて心地よい。外で鳴き交わす小鳥たちの鳴き声も、実に爽やかだ。
平和な朝の風景だった。目に見えるもの、肌に感じるもののすべてが、「平穏」の一語に集約される──そんな想いが胸に兆すほどであった。
かといって、問題が解決したわけではない。
星来はたぶん、またやってくるだろう。異界に純を呼び込んでは、さらなる苦痛を与えるのだろう。
「でも、夢の中で、『星来を救ってやってくれ』って頼まれたんだけど……。どうやって助けりゃいいんだ?」
恨みを抱いている相手の心を開くなんて、容易なことではない。ましてや、星来は天宮家にも神苑町にも憎悪の念をたぎらせているのだ。
「どうしたらいいんだろうな、おれ……」
と、そこまで呟いたとき、食堂に到着した。
純は扉をがらりと開けて、──そこで言葉を失った。
【続く】
【裏話】
性的な場面を書くときって、心が無になります。
キスシーンを書くときも、心が無になります。




