第四章 エクストラオメガ 一
またしても、夢を見た。
今度は、日も射さぬ見知らぬ森の中をさまよう夢だった。
一瞬だけ「星来と対面してしまうのでは」と警戒心が募ったが、そんなことはまるでなかった。鬱蒼とした樹木の間を歩くだけの、ただそれだけの夢であった。
純はいくらかほっとした。
この前見た夢のような不吉な光景は、一切見当たらなかったものだから。
それに、先にも述べたように、純は自然を大層好んでいる。山も海も森も昔から好いている。
また、純は知っている。眼前に広がるこの森は、「夢」という生理現象が生み出した構築物なのだ、と。魔術師、あるいは神能者によって生み出されたものではないのだ、と──。
だから、「いつかは夢から覚めて現実に戻れるだろう」と楽観視していた。焦る気持ちも憂う気持ちも心に存在しなかった。
ところが、だ。
音もなく黒い霧が現れ出たかと思いきや、その影は瞬く間に人間の形をなし、麗しき長身の女性へと変化したのであった。
純は思わず、後ろに下がった。機敏な動作に合わせて、セーラー服のスカートの裾がぱさぱさと乾いた音を立てる。
女は三十代前半ほどのいわゆる「大人の女性」であった。長くのばされたこがね色の透きとおった髪は、上質な金糸のようで大変美しかった。
また、その女の容姿は時田奏や剣崎明日美に匹敵するほどに美々しく、まるで、どこぞの女神様が天界から降臨なされたのではと思わせるほどだった。
北欧の美神を想起させるほどに見目よいその女は、純の前にゆっくりと進み出ると、二メートルほど離れた地点でぴたりと足を止めた。
そして、言った。「助けてほしい者がいる」と。
「助けて……って、おれに?」
「そうだ」
女はゆっくりとうなずく。
「あの子の心を支配しているものをどうか祓ってほしいんだ」
「『あの子』ってどこの誰ですか?」
純は敬語を使った。初対面の女性相手に、通常使っているような口調で質問するのは、なんとなく気が引けたからだった。
それに、天宮の家はある程度自由であるが、礼儀や礼節にはとてもうるさい。だから、ごく自然な成り行きで、純は敬語を用いた。
女は、しかし、表情を変えなかった。もしかすると、対等な口をきいても怒りはせぬ性質なのかもしれない。
沈黙が風のように通り抜ける。
やがて、彼女は表情の抜けた顔を晒したまま、こう告げた。「天宮星来を助けてほしいのだ」と……。
純は惑った。いたく惑った。
「おれが星来を助ける……? 無理ですよ、そんなの。きっとおれが助けようとしたって、あいつ、『余計なことをすんな!』って言うだろうし。それにおれには魔力がまったくないんです。だから、おれには無理です」
「案ずるな、渡良瀬純よ」女が口を開いた。
「目が覚めた瞬間、おまえは新たな力を得る。魔力も得る。星来を助けるだけの力も得ることができる。
だから──、星来を、あの不憫な子を助けてやってほしいのだ。頼む」
「そんなこと言われたって……」
純はまごついた。
見上げた先にある女の顔には、やはり、表情らしきものが少しもない。
「頼むぞ、少女よ。つがいの片割れだけが扱うことのできるその力をもって、星来の心を救い出すんだ」
女が言った。
とたん、目の前が暗転した。
【続く】
【裏話】
落ち込んだときは、『HOT LIMIT』を繰り返し聴くようにしています。
YouTube内の『HOT LIMIT』コメント欄を読むと、さらに元気が出てきます。




