第三章 悪意 十一
およそ十二畳からなる広々とした居室もまた、ほどよいぬくみを帯びていた。きっと、ここにも月世か千晴のかけた気温調整の魔法が効いているのだろう。
すべての障子が隙間なく閉められたその部屋は、至って簡素な造りであった。
部屋の中央に重厚な四角いテーブルがあり、その上には一輪挿しの寒椿が花瓶に収まっている。
その他にあるものといえば、四人分の座布団のみだ。天宮家の居間は、茶室のように無駄を省いた造りをしているのである。
一面の壁に、虎の絵が描かれた掛け軸が飾られているが、室内を彩る装飾物といえばその程度のものだった。この部屋にはテレビはおろか、ラジオも置かれていない。
千晴が語っていたように、部屋では寝間着姿の月世が待っていた。座布団に座って、どこかほっとしたような顔をしては、
「来たか」
と呟いたのである。
そして、続けざまに彼はこうも言った。「千晴に変なことをされなかっただろうな?」
「こらこら、お兄ちゃんをなんだと思っているんだい。君は」
幾分むっとした口調で、千晴が言い募る。
「月世くん、お風呂から上がったばかりだから、わざわざ僕が純くんを呼びに行ってやったというのに……。その言い草はひどいな」
「謝るつもりはない」月世が言った。
「おまえの手の早さなら、嫌というほど知っているのでな……。口でなにを言われても信用はできん」
「ひどいなあ、月世くんは」
すねたようにむくれながら、千晴が座布団に腰を下ろす。「僕は君と純くんの応援団団長を買って出ているのにさ」
「なんとでも言え。俺は、おまえのことだけは信用していないんだ」
「どうしてさ」
「語るまでもないだろう。おまえは事あるごとに純に悪影響を及ぼしつづけてきた。純に『胸のふくよかな女性のよさ』などというものを吹き込んだのも、千晴、おまえなんだぞ」
「そりゃあ、男なら、誰だって性欲くらいは持つものなんだからしょうがないじゃないか。純くん、そっち系の興味を持っていたんだしさ」
「しかし、純は女性化する運命にあったんだ。だから、そんなことを教える必要はなかったはずだ」
「甘いなあ、月世くんは」
不機嫌を顔にあらわす双子の弟を指さしながら、千晴が茶化すように言った。
「男性でも女性でも性欲くらいはあるものさ。純くんだって例外じゃない」
それから、「月世」とあらたまった調子で声を上げると、千晴は続けた。
「君は純くんを神聖視しすぎているんだ。この子のことを、汚れを知らぬ天使様みたいに思っているんだよ。でも、もうその考えは捨てたほうがいい。純くんも生身の人間なんだよ?」
「それは……、」
月世が小さく口を開く。
けれど、彼は言葉を返さずに、そのままおとなしく唇を閉じた。
しんとした静寂が雪のように降り積もる。
「おれも話に混ぜてくれよ」
端近に立って二人の会話を追っていた純は、そう告げると、月世の隣にどかりと座り込んだ。
「でさ、大事な話ってなに? わざわざ呼び出すぐらいなんだから、相当重要な話があるんだろう?」
すると、月世と千晴が意味ありげに目を見交わした。
だがそれもごく一瞬のことで、彼らはすぐに視線をはずすと、二人揃って純のほうへと体を向けてきた。
「大事な話って、もしかして星来のことか?」
単刀直入に会話を切り出してみたところ、月世が「ああ」とうなずいた。
【続く】
【裏話】
月世と千晴の会話を書くのも結構楽しいです。




