第三章 悪意 七
「星来兄様……。いや、星来。それ以上語るな」
どことなく焦ったふうに月世が言った。けれど、星来は、
「やーだよ」
と、そっけなく応じるばかりであった。
「俺が味わった絶望を温室育ちのこの絶対女性体に伝えて、一体なにが悪いってんだよ? 俺はただ、本当のことを話してやっているだけなのに」
「純には関係のないことだ」
「違うね」
星来が微笑む。
風が絶える。
木々も下草も揃って静まり、静寂のときを強調する。
数秒が過ぎる。膝立ちになって呆然とする純を置き去りにしたままで。
「星来」
月世が言った。
「育ちは違っても、俺たちは血を分けたきょうだいだ。家族だ。だから、本当は戦いたくない。殺したくもない」
「綺麗事抜かしてんじゃねえよ。家族家族と言ってもな、一度ボタンをかけ違えたら、取り返しがつかないことになっちまうんだぜ?」
「ああ、……そうだ」
深々とうなずきながら、月世が純の隣に立つ。
「だからこそ、俺はおまえをこの手で処断する。自分の手を汚してでも、純を護り切ってみせるんだ。それが俺の真の望みだから」
「ふん……。つがいの本能ってやつか?」
「本能に根ざした関係であることは否めない」
冷たい揶揄をいったん受け止めると、月世は怒りをそのおもてから消した。そうして、苦々しげな口ぶりで、
「だが、俺と純の間にあるのは、本能だけでも、『つがい』という奇妙な縁だけでもない。俺は……、純を愛している。『俺のことをずっと慕ってくれているこいつのことを守りたい。大事にしたい』と、日夜考えつづけている」
「ハッ、のろけかよ」
すると、月世はすぐさま、
「そんな生易しいものなんかではない」
と言い返した。
自信と確信に満ちあふれた力強い気持ちが、発した言葉に宿っている──そのような感想を、純は胸のうちに抱いた。
「星来兄様。あなたが異界を生み出し、純を誘い込んだそのときから、俺の覚悟は決まっている。俺はあなたを殺す。確実に殺す。絶対に殺す。純の安全や幸福を脅かす者は、断じて許さない。これが俺の本心だ」
「かっこつけてんじゃねえよ、月世」
星来が負けじと反撃する。
「おまえは昔から防御魔法は得意だったが、攻撃系はそうでもないんだよなあ?」
「それは……」
「ビンゴってわけか。ざまあねえな」
「へっ」と野卑た笑声を短く上げたあと、星来がこぶしを前に突き出した。
「こう見えてもなあ、おまえたちの兄貴は攻撃魔法がむちゃくちゃ得意なんだよ……。だから、ここで潔くくたばりやがれ」
月世ががばりと座り込み、純の身を強く抱きしめてきた。
嗅ぎ慣れた香りを、お香のように芳しい香りを間近に受け止め、純は安堵の笑みを浮かべる。
「死ね」
星来のこぶしに魔力が集中する。彼の手の甲も掌も、まんべんなく、赤い光に包まれる。
顔を伏せ、死の予感に強い怯えを感じた瞬間、
「死なせないよ」
という、場違いに明るい声が純の耳朶を打った。
【続く】
前回「21時以降に更新します」と告知しましたが、所用のため更新作業が遅れてしまいました。
誠に申し訳ございませんでした。
【裏話】
星来は初め、書きづらいキャラでしたが、後から理解が進んで「書きやすいキャラ」になりました。
悪役ってストレスを溜めさせる存在ですが、彼らがいないと物語が締まらないというのもまた事実なんですよね……。




