第三章 悪意 六
駄目だ。この戦いは止められない。
焦燥にまみれた胸の奥にて、不吉な予感が膨らんでいく。月世と星来が、実のきょうだい同士が相争うなんてそんなこと……、
そこまで思ったときだった。
ふっ……、と短く梢が揺らいだ。
二つの人影が同時に地を蹴り、互いの距離を縮めた。それはむろん、月世ら天宮家の者の影であったのだが、しかし、純の目には当人たちの動作がほとんど視認できなかった。
速すぎるのだ。二人とも。
まさに「神速」という言葉の似合う速度で動き、飛び跳ねては、相手の懐にこぶしを叩き込まんとしている。ざ、ざ、ざ、ざ……、と絶え間なく鳴り響く草木の音だけが、彼らの動作を追うよすがとなりえている──そんな具合であった。
「月世ぉ! そんなのろい動きで、この俺を仕留められるとでも思っているのかよ!」
しかし、実兄に名を呼ばれても、月世は無言であった。なにも語らず、ひたすら黙しては星来の出方をうかがっている──。
「嫌だ……」
純はうめいた。
血の繋がりのあるきょうだい同士で命のやりとりをするなんて、そんな光景、絶対に絶対に認めたくなかった。できれば、「これは夢だ」と断じてしまいたいくらいだった。
だが、現実はどこまでも残酷だ。実の兄と弟による戦いを純の視界に映し出しては、募る焦りをさらに加速させるのだから……。
「嫌だ、やめろ! やめろ、そんなの! どうして皆仲良くできないんだよ!」
「できるわけねえだろ」
純のすぐ正面に降り立った星来がにやにや笑いながら、返事をした。
「天宮の奴らはな、一族全員で結託してこの俺を捨てやがったんだぜ? そんな奴らと仲良くなんかできるわけねえだろうが」
「……え」
「捨てられたんだよ、俺」
自分の顎先を人さし指で示しながら、星来が言った。
同じく地上に降り立った月世が、
「純に余計なことを吹き込むな」
と口を挟んだが、星来は警告をあっさりと無視した。怒りに相貌を歪ませる弟のことなどどこ吹く風といった調子で、へらへら笑っては、
「嘘は言ってねえぜ。俺は捨てられたんだ。なぜって俺は──雌雄展開体だったからな」
呼吸が、閉じた。
いや、もしかすると、それは純の錯覚、もしくは思い込みだったのかもしれないが、星来の発言に意識を奪われたのは事実であった。
「俺はな、完全男性体が生まれて当たり前とされている天宮の家で、ただひとり生まれた雌雄展開体なんだ……。だから、戸籍を抹消されたうえで、深い森の中に捨てられたんだ」
純はぶるぶると震えた。
あまりにも惨すぎる真実を知らされたあまり、恐怖に類する反応を返してしまったのだった。
「いいぜ、そそるな。その顔。その怯え切った顔!」
星来が腹を抱えて爆笑する。濃い嘲りの色を露骨に浮かべては、
「長男の俺を家から追い出したというのに、天宮の奴ら、絶対女性体なんざを迎えやがった! 月世のつがいだからという理由で、赤の他人を──しかも、絶対女性体なんて下劣な種を家に入れやがった! これがむかつかないでいられるかってんだ!」
両膝から力が抜け、純はその場に崩れ落ちる。
星来は軽侮の笑みを顔いっぱいに浮かべている……。
【続く】
【裏話】
友人が手芸にはまっているので、私もなにか作ってみたいなと思いました。
次回の更新は本日21時以降になります。




