第三章 悪意 五
「月世……? 月世なのか!?」
期待を込めて呼びかけたところ、木々の隙間から声のあるじが音もなく現れた。下草が生えているのにもかかわらず、彼の歩みは驚くほど静かであった。
視線の先に佇んでいたのは、確かに、つがいたる天宮月世当人であった。「樹間から現れ出た」という一点においては、初めて出逢ったときと似た状況なのだが、しかし、──あのときの彼といまの彼とでは大きな相違点があった。
彼は怒っていた。
苛烈なまでの怒気を美しきおもてにあらわしては、薄笑いを浮かべる星来をじっとにらみ据えていた。
凛々しい眉を鋭くつり上げたその表情は、純の心をいたく怯ませた。たぐいまれな美質に恵まれた者だけが醸すことのできる迫力に圧倒され、純はしばし身震いをした。
さむけを感じたわけではない。星来の創造した異界は、むしろ、蒸れた熱気に満ちている。
なのに、それでも純は震えた。月世の表す怒りの表情に飲み込まれた。
「月世……」
呼びかける。
だが、月世は純に一瞥すら与えない。いびつに笑う星来を冷徹な目で見据えては、
「おれのつがいになにをする」
と言った。
「ふん」と鼻で笑いながら、星来がゆっくりと、もったいぶったように口を開いた。
「弟のつがいを異界に呼んでぶち殺そうとしただけだけど?」
「……それが目的か?」
「もっちろん! こいつが月世の弱点みたいだからさぁ、俺の手で殺害してやろうと考えたんだ」
「貴様、正気か?」
問う声が揺れる。放たれたその一声はまさしく、「怒声」と称するにふさわしい冷厳な響きを秘めていた。
しかし、星来は小憎らしげな笑みをわずかなりとも崩さない。
「正気に決まってんじゃん。見てわかんねえのかよ、月世。この俺が、おまえの実の兄であるこの俺が、狂気に駆られて人殺しをやらかすとでも思ったか?」
「いっそ、そうであればよかったのだが」
月世が足を踏み出す。
一歩、一歩、着実に星来との距離を詰めていく。
濃く生い茂る下草を踏みしだくように歩きながら、異界の創造者たる星来を追いつめんとする──。
そうして、数秒が経過したのち。
憤怒の表情はそのままに、月世が、
「純。下がっていろ」
と告げてきた。その声には、殺意めいた感情が明らかに含まれていた。
「なんだよ、なにをするつもりなんだよ……」
純は訊ねた。月世の様子を見れば答えなんて一目瞭然なのに、どうしてもそうせざるを得なかったのである。
……わかっていた。
あいつは星来と本気で殺し合うつもりなんだ、と。
心のどこかで気づいていた。
だが、あえて、
「なにをするんだよ、おまえ……」
と訊いた。「自分の予想が完全にはずれていればいい」と考えながら、訊いた。
しかし、望みは叶わない。
月世は侮蔑の笑みをこさえる星来を冷たく凝視したまま、言ったのだ。
「この男を殺す」と。はっきりとした声で──。
【続く】
【裏話】
第一章で書いた月世の外見描写が結構好きです。
あの部分は自分でもよく書けたと思っています。




