第一章 渡良瀬純とそのつがい 二
放課後になった。
津島先生が教室を去るのを見届けた純は、日だまりでくつろぐ猫のように大きくのびをし、
「終わったー!」
と、安堵の声を吐き出した。
本日の授業をすべて終えて気がゆるんだのは、どうやら他の生徒たちも同じらしい。その証拠に、部屋の中が一気に騒がしくなった。
無理もない話ではあった。
多感な少年少女がひとつところに集まっているのだから、当然の成り行きといえよう。
いそいそと部活の準備を始める者、教室の隅に固まって楽しそうに語らう者、早々と外に出る者──一年二組の生徒らが、各自の目的にしたがって動き出すのを横目で見つつ、純は平たく潰した学生カバンを右腕に抱え、歩きはじめた。
途中途中、他の生徒とぶつかりそうになったが、そのたびに進路を譲ったり軽口を叩き合ったりして、歩みを止めた。だからなのか、目的の席にたどり着くのに三分ほどの時間を要した。
純が向かっていた場所。
そこは教卓のすぐ前の席だった。
すでに帰宅の用意を済ませていた親切が自席に座っていたのを見て、純は、
「ごめん、チカ。また待たせちまったな」
素直に詫びを入れた。
「いつもごめんな。皆と喋るもんだから、つい遅くなっちまって」
しかし、親切は例のごとく朗らかに笑って、
「いいよ。純がクラスの皆に好かれているのは知ってるし」
と、明るく答えるのだった。
「ごめん」
純はもう一度、声に出して謝った。「気心の知れた友人同士なのだから、ここまでかしこまることはない」と自分でも思ってはいるのだが、どうしても謝罪せずにはいられなかった。
「いいんだよ、気にしなくて」
帰宅部の生徒がいなくなって少しだけ静かになった室内で、親切が屈託なく笑う。
「純って、やんちゃなわりに律儀なところがあるよね。まあ、君が育った環境が大きく影響しているんだろうけど」
「ああ、それな」
純は左手で、後頭部をぽりぽり掻いた。
「おまえの見立ての通りだよ。おれ、六歳の頃に天宮の屋敷に引き取られたからさ……。きっとそれが強く影響しているんだろうなって、自分でも思ってる」
「君の成育環境はかなり特殊だからね」
「まあな」
会話が途切れたそのとき、親切がカバンを持って立ち上がった。
純は無言で彼の前に行くと、教室前方の引き戸までまっすぐ向かい、押しのけるような勢いでそれを開けた。
「行こうぜ、チカ」
背後からついてきていた親切に、大声で呼びかける。
すると、教室のあちこちから、
「純、またな!」
「寄り道すんなよ!」
男子たちの野太い声が連続して飛んできた。
「ああ、またな。おまえらも早く家に帰りなよ。最近、妙な事件がこの町で起きているそうだからな」
親切の右隣に並びながら、純はすぐさま返事をした。
そうなのだ。
確かに、最近、「妙な事件」がこの町で立て続けに発生しているのである。
【続く】
【裏話】
原田親切の下の名前は、小学校時代の友人の名前から頂きました。




