第三章 悪意 三
募る警戒心をしかと自覚しながら、純は門へと向かった。車も人も通らぬ少々傾斜のついた道を、アスファルトで塗り固められた道を、落ち葉の目立つ道を、ずかずかと歩いていった。
なのに、青年は動かない。こちらを見ようともしない。まるで女神に魅せられているかのごとく、宙に浮くレガリアを一心に見つめている──。
「あの……、」
純は青年に声をかけた。「うちの真ん前でなにをしているんですか?」
すると、青年は右に首を傾け、うろんな瞳で純を見た。その中には幾分、軽蔑の色も含まれているように見えたが、それは純の思い込みなのかもしれなかった。
──とにかく、青年はこちらを見た。
視線と視線が密に重なる。
そして。
純は一歩、後退した。否、続けざまに三歩後退した。
こちらをまっすぐ見据える青年の瞳には、あからさまな敵意と害意、それから悪意がこもっていた。彼の視線は明らかに物語っていたのだ。「おまえは俺の敵だ」と……。
「思い込みであってほしい」と、純は祈った。どこぞの神様が願いを聞き届けてくださるというのなら、すぐにでも頭を下げて祈りの文句を捧げたい──そんな気分にすらなった。
けれど、残念な話だが、地球上には人類のために都合よく働いてくれる神などいやしない。限りなく万能に近い完全男性体ら魔術師ならそれなりに存在しているのであるが、これまた残念ながら、彼らの数はあまりにも希少すぎた。
この場に純を救ってくれる者などいなかった。
ただのひとりとして、存在しなかったのである。
青年はゆっくりと腰を上げると、立ちすくむ純に向かって、
「俺の名前は天宮星来──この家の長男だ」
と、自己紹介をした。彼の瞳の奥にて渦巻いていたのは、強い憎悪の念だった。
「長男……?」
「そうだよ、渡良瀬純。てめえは知らねえと思うけどな、俺はおまえがこの家に来る前に住んでいたんだよ」
「この屋敷に……?」
すると、星来は、「馬鹿じゃねえの、おまえ」と吐き捨てるように呟いた。
「ここ以外のどこに、『天宮』という表札を掲げた家があると言うんだよ。ふざけてんじゃねえよ」
「別にふざけてなんか──、」
「御託はいらねえぞ、渡良瀬」
星来が言った。彼の口ぶりにもまた、苛烈なまでの悪意がこもっていた。
棘を含んだ表情で、星来が告げる。「俺はこの家もこの家に住んでる奴らも嫌いだ。大嫌いだ。神苑に住んでる奴らも大嫌いだ。だから、すべてを破壊する」
一瞬の間、純は肩を震わせた。「破壊する」と宣言した星来の顔つきが、どことなく野獣めいて見えたからだった。
腕組みをして突っ立つ星来の顔を見上げつつ、純はおそるおそる訊ねた。
「あのさ……、それ、本気で言ってんのか? 自分がなにを口走ったか、自覚はあるんだろうな?」
星来が愉しげに唇をたわめる。
「当たり前だろ。俺が嘘ついているとでも思うのか?」
──思えない、と純は心の底で返した。
星来の瞳は、綺麗なアーモンド形をしている。
けれど、それは限りない悪意を反映しているためか、昏く醜くねじ曲がっていた。
純は彼を怖れた。
助けを呼ぶために口を開けたが、──そのとき、目の前が熱く白んだため、ついぞ声を出せずに終わった。
【続く】
【裏話】
スタバだと、アイストールラテが好きです。




