第二章 一年十一組 十二
「……で、なんでおまえら、なんで毎日キスしているんだよ」
午後の授業と掃除を終えたあと、ホームルームまでのわずかな時間、純はそっと剣崎に耳打ちをした。
太陽の光が大地を爽やかに輝かしているものの、下界はやはり冷え切ったままだった。
「あ、そっか。まだ説明していないんだったね」
剣崎が普段と同じく、明るい口調で言う。
純は知らず、どぎまぎした。時田ほどではないにしても、剣崎も相当な美少女なのだ──ゆえに、つい先日まで男性だった純にとっては、彼女らの存在はいささかまぶしすぎた。
どこまでも無邪気で子どもっぽいけれど、裏表のなさそうな剣崎。
絶対女性体にして魔術を扱うことのできる時田。
二人とも掛け値なしの美少女だ。
だからこそ、純は若干気後れを感じていたのである。
四つしか机椅子のない教室に、剣崎の屈託ない声が響く。
「ボクは神能者でも魔術師でもないんだけど、『一日に一回、他の人にキスをしないと死んじゃう病』にかかってるんだよね。その名称って正しくは、唇粘膜接触病って言うんだけどさ……。知らないかな?」
純はこくりとうなずいた。
「だから、校内でのキスが先生方に認められているというわけよ。ここまで説明したら、理解していただけるかしら?」
純の真横の席に座っていた時田が言った。
彼女らがあまりにもごく自然に語るものだから、説明を聞き終える段になると、純は、
「そういうものなんだろうな……」
と我知らず納得をした。
「一日に一回、他人の唇にキスをしないと死んでしまう」なんて奇病など、聞いたことがない。
けれど、純には二人が嘘をついているとは到底思えなかった。「真面目を絵に描いたような時田と、いかにも裏表のなさそうな剣崎が、共謀して嘘をつくなどとてもありえない」と感じたのである。
「一日に一回キスしないと死ぬなんて……。剣崎って苦労人なんだなあ」
胸に浮かんだ考えを率直に言葉に直したところ、彼女は、
「そうでもないよー!」
という返事を戻してきた。相も変わらず、歯切れのよい返事であった。
「奏ちゃんが協力してくれているからさ、ボク、死なずに済んでるんだよね」
「私としては、ちょっとばかり不本意なキスではあるけど……ね」
時田が意味ありげに苦笑を漏らす。
けれど、彼女の瞳の奥には、侮蔑の色も嘲りの色もまったく見えなかった。「合意の上でキスをしている」という話はきっと、本物なのだろう。
──と。
固く閉め切っていたはずの窓が一斉に開いて、室内にひどいさむけを連れてきた。
廊下に続く引き戸が閉められたままであったのが、なによりの救いではあったのだが、それでも時田は上着を着、ふるふると震えた。彼女の唇の色に、わずかながら青白い色彩がにじみ出ているのを、純は見逃さなかった。
このとき、純たちは知らなかったのだが、二組のある教育棟にも、職員室や特別教室のある職員棟にも、奇妙な出来事が起こっていた。
十一組のある特別棟のみならず、校内の窓という窓がすべて開いたというのである。
「奏ちゃん……。これ、誰かのいたずらなんじゃないの?」
神妙な面持ちで剣崎がそう言うと、彼女は上着をしっかりと着込んだまま、
「そうかもしれないわね」
と言った。
「なにか企みがあってのことか、もしくはただの愉快犯か……。いずれにしても、この事件を引き起こした犯人は、かなり趣味が悪そうね。真冬に窓を全開させるなんて、悪趣味にもほどがありますもの」
純は、心底時田のことが羨ましくなった。
同じ絶対女性体という種に属しているにもかかわらず、「神能者」という力を持っている彼女に、ある意味、嫉妬すら覚えた。
そう。
純はこのとき確かに、「嫉妬」という醜い感情を胸に覚えたのである。
【第三章に続く】
【裏話】
最近は旅行記同人誌をよく読んでいます。楽しいです。




