第二章 一年十一組 一
夢を見た。
「時田奏」と名乗る謎めいた絶対女性体に遭遇したその日の晩に見た夢である。
それはあまり気持ちのいい内容ではなかった。むしろ、気味の悪いものだといえた。「黒々と輝く鱗を持つ巨大な竜が、群れをなして神苑町を襲う」という、縁起でもない夢だった。
瓦礫が山のように積もる町の中、もはや道とは呼べぬ道を、住民たちが走っていた。その中には大人も子どももいた。老人老女もいたし、親に抱えられつつ泣きじゃくる幼児もいた。むろん、そこには純自身の姿もあった。
魔術師たちが力を合わせて応戦するが、暴れ狂う竜を抑え込むことはできずにいた。幻想種の長と称されし生物をおとなしくさせることなど、人間にはほぼ不可能なことなのだった。
純は逃げた。逃げながら、ほんの少し、「おかしい……。こんなこと、あるはずがないのに」と訝しんだ。
以前、月世や家の者から聞いたことがある。竜や亜人などの幻想種は、人間が召喚しないと現世に姿を現すことができぬそうなのである。
(つまり、どこぞの馬鹿がこの大惨事を引き起こしてるってわけか)
今頃、法術局の関係者が必死になって、竜の使役者を探していることだろう。民の命を守るために。寝る間も惜しんで仕事をしているに違いない──。
ふと、そこで純は立ち止まった。
と同時に、背中に強い衝撃が走った。
振り返ると、そこには、不機嫌そうな顔をした髭面の小男がひとり立っていた。
男は純と目が合うなり、
「馬鹿野郎! 急に立ち止まる奴があるか!」
と、強い声で怒鳴った。
「あ、ご、ごめんなさい……」
しかし、小男からの返事はなかった。
彼は純の体を両腕でぐいと押しのけると、さっさと走り去っていったのである。
群衆の中に消えゆく後ろ姿を目で追う。
それからその数秒後、純は、
「そういえば、月世はどこだ?」
と、誰に聞かせるともなく声を上げた。
不安だった。
月世が、つがいたる彼が、兄として慕っている男がこの場にいないことが、こうも堪えるとは思ってもいなかった。毎日のように顔を合わせているから、余計に。
上空では、黒竜たちがけたたましく吠えている。爆音めいたその響きは、純の心を果てなく痛ませた。
瞳に映る景色もまた、悲惨であった。
道路は陥没し、壊れた水道管からは大量の水が噴き出し、街路樹も建物もすっかり薙ぎ倒されていた。あちらこちらで火柱がのぼり、黒煙を風に漂わせていた。
もしも「生き地獄」というものがこの世に存在するのなら、それはいまの神苑だ──純はそう感じた。強く感じた。
生まれ育った町の風景が一変したというのに、なにもできない。民の流れに混じって逃げることしかできずにいる。そのことが悔しくてたまらなかった。自分の無力さを恨んだのは、これが初めてのことだった。
「おれに力があれば、おれに皆を救う力があれば、あいつらの暴走を止めてみせるのに……」
理解してはいるのだ。
「これはあくまで夢なのだ」と。「夢の中だから、こうも悔しがる必要なんかないんだ」と……。
けれど、怒りにも似たこの気持ちを止める手立てなど、見つかるはずがなかった。
愛する町を壊されて黙っていられるはずがなかったのだ──。
【続く】
【裏話】
神苑町のモデルは「うちの近所+熊本県山鹿市」です。
(山鹿灯籠まつり、大好きです)




