第一章 渡良瀬純とそのつがい 十二
突然現れた謎の美少女を前にして、純は大いに戸惑った。同じ学校に通っているはずなのにまったく面識がないというのも一因ではあったが、それより増して、彼女のたぐいまれな美しさに、凄みすら感じさせる麗しさに、ひたすら圧倒されてしまったのである。
「私の名前は時田奏。渡良瀬くん、あなたと同じ高校に通学している一年生よ」
狼狽する純にくすっと微笑みかけると、彼女は薄い胸を堂々と張りながら自己紹介をした。彼女の態度は一貫して、並々ならぬ余裕に満ちていた。
「……一年だって? おれも一年生だけどさ、おまえの顔なんて見たことないぞ」
純は言った。相も変わらず困惑したまま、湧いた疑問を時田にぶつけたのである。
柔らかな陽光が大気中に吸い込まれていくなか、彼女は、「ふふっ」とごく小さな笑声を漏らすと、
「ええ、そうでしょうね」
と、控えめに相槌を打った。品のよい白猫みたいに愛らしいしぐさであった。
「レガリアの影響からか、神苑は完全男性体や絶対女性体が生まれやすい土地なの。だから、完全男性体のみが通うことのできる教育機関・豊麗舎がこの地にあるわ」
純は彼女の言葉にしっかりと耳を傾けた。「この子は、おれの知らないなにかを知っている」と感づいたゆえの行為であった。
「そして、県立麗門高にはね──、女性化した絶対女性体のみを集めたオメガクラスがあるのよ。渡良瀬くん、あなたもそうだからご存じだとは思いますけどね」
「あ……!」
純は打たれたようにおもてを上げた。
「そういえば、入学式の後のオリエンテーションで聞いたことがある。オメガクラスってものが校内にあるんだって……!」
しかしそこで、新たな疑問が生まれた。
「おまえ、絶対女性体だろ。なのに、なんで魔術が使えるんだ?」
「純の言う通りだ」月世が言った。
「しかし、おおかたは予想がつく。さきほども述べた通り、時田さん、あなたは──、神能者なのだろう」
「ええ、そうよ」
少女があっさりと肯定する。
しかし、純には、月世が口にした「神能者」という言葉の意味がわからない。そんなの、初めて聞いたものだから……。
「渡良瀬くん、難しい顔をしているわね」くすくすと笑いながら、時田が言った。
「だって、おれ、神能者なんて言葉知らねえんだもん。魔術関係の知識、あんまりないからわかるはずがねえし……」
すると、彼女は笑みを収めて、
「ごめんなさいね」
と告げてきた。
「渡良瀬くんは魔術のことに関しては門外漢ですものね。……いいわ、教えてあげる。
あのね、神能者というのは、魔術を扱うことのできる雌雄展開体や絶対女性体のことを指すの。私も一応、絶対女性体だけれど、魔術を使えるわ。だから、私は神能者でもあるのよ」
「おれ、魔術なんて、完全男性体にしか使えねえとばかり思ってたよ」純は軽い笑いを漏らしながら、ひとり呟きをこぼす。
そして続けざまに、
「なあ、月世。おまえ、いままでそんなの教えてくれなかったよな……」
と言いかけて、──思わず一歩引き下がった。
時田を見下ろす月世の顔に、尋常ならざる警戒心が浮き彫りになっていたためである。
「時田さん。あなたがはもしや、法術局の関係者か? それとも、我々に害をなすために異界に呼び寄せたのだろうか? 前者だったら俺はあなたになにもしないが、もしも後者であれば──、」
「『後者であれば戦う』と言いたげね」
「むろんだ。君は俺だけでなく、純も異界に招いた。君がなにを考えているのか俺にはさっぱりだが、もしも純に危害を加えるというのなら、俺はこの場で君を殺す」
「そんな……!」
純は小走りに駆けると、月世の正面に回り込んだ。
「月世、それだけは駄目だ! どんな理由があっても人殺しなんてするなよ!」
「しかし、純──」
「駄目だ」
純は強い口調で言った。
兄のように慕っている男が人を殺すなんて、想像すらしたくなかったのである。
【続く】
次回の更新は本日の21時以降になります。
【裏話】
時田奏というキャラクターには、ある秘密があります。




