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第一章 渡良瀬純とそのつがい 十一

「どうしたんだ?」

少し背伸びをして、月世の顔を覗き込む。

目に映った彼は、暗がりの中でもそうとわかるほどに、訝しげな表情を浮かべていた。

「とてつもなく強大な魔力を感じるんだ。俺なんかでは太刀打ちなどできそうにないくらいに、凄まじい魔力を──」

「はあ?」

純は目を幾度もしばたたかせた。

「おまえよりも強い魔力を持っている人なんて、そんなに多くないだろ。だって、月世は天下に名だたる天宮家の完全男性体アルファなんだぜ? かつて法術局の人が直接スカウトしに来たほどの逸材いつざいだってのに……」

「その話は辞退したがな」

月世が冷静に返してくる。

「そうそう。そうだったんだよな。『法術局に入局したら、好きなときに外に出て、純を護ることができなくなる』とか言って断っちまったんだよな。んで、魔導書専門の書店を経営するようになって──、」

と、そこまで言いさしたときだった。

ぶわり、と。

体中の身の毛を一気に逆立てるような、強烈な魔力の波を感じた。魔術の才能など少しもない純にすらそうと断を下せるほどに強い気の流れを、全身で感じたのである。

純はおののいた。恐怖のあまり、喉が詰まるような感覚すら覚えたほどだった。

二人はいつしか、見知らぬ街に迷い込んでいた。月もレガリアも星もない、東欧風のこぢんまりとした家々が建ち並ぶ場所へと踏み入ってしまっていたのである。

さきほどまで、夜の町を歩いていたはずだった。

なのに、いまは、力強い輝きを地上に振りまく太陽の姿が見える。

異国めいたこの街の季節は、おそらく夏だと思われた。

しかし、純はさほど暑さを感じなかった。むしろ春のような快い暖かさを肌身はだみに感じた。それはちょうど、初めて出逢った夜、月世が施してくれた魔法のようだった。

「月世。誰かが気温を調整する魔法をかけてんじゃねえのか?」

推測をそのまま口に出すと、彼は、

「そうだな」

と、同意のうなずきを返してきた。

「気温調整の魔法は難易度が若干高めだ。使える術者はその貴重さゆえに、法術局内でもかなり優遇されていると聞く」

注意深く左右に視線を走らせながら、月世が呟くように言う。

「気温を操れるということは、その気になれば、気候すら変動させることができる。地球を温暖にすることも、冷却することも可能ってわけだ。だから彼らは、常に法術局の管理下に置かれているのだが……」

「管理下に置かれていない魔術師もいるのよ。天宮月世さん」

正面にある家屋の裏手から、淡雪色の髪を背中の中ほどにまで垂らした少女がひとり、現れた。彼女は麗門高らいもんこうの女子用の制服を着ていた。

純は眉根を寄せつつ、その少女の顔を見つめた。彼女は確かに、純の通う学校の制服を身に着けているのであったが、校内でも校外でも彼女を見かけたことなど、一度もなかったのである。

「おまえ、何者だ」と訊ねんがために口を開きかけたそのとき、月世が低い声で、

「君は誰だ。どうして俺たちを異界に招いたんだ」

と言った。

「異界って、なに?」

未知の言葉を聞いた純は、疑問を口にのぼらせた。

少女がスミレ色の瞳を妖しく光らせる。獲物を追いつめる野生の山猫のように、したたかに。

「あら、なにもご存じないのね。……いいわ、教えてあげる」

そして、少女は両の口端くちはしを綺麗に持ち上げると、

「異界っていうのはね、魔力を持つ者だけが生み出せる異空間のことを指すの」

と説明を始めた。

「あのままあなたがたとお話してもよかったのだけれど、それだとちょっと面倒なことになるのよね……。第三者に聞かれたくない話もあるし。だから、私の作った世界に呼び寄せたってわけ」

「世界を、作る……? 月世、魔術師ってそんなことまでできるのか!?」

月世が「そうだ」と短く答える。そして、満面に雅やかな笑みをたたえる少女を一瞥すると、

「ここは君の作り出した異界なのか」

と、平らな声音で問いかけた。

「ええ、そうよ」と少女が言う。

すると、月世がさらに質問を繰り出した。「もしかして、君は神能者しんのうしゃなのか?」


少女は返事をしない。けれど、否定もしない。

それは肯定の意を裏付ける、なによりの証左しょうさであった。


【続く】

【裏話】

月世が仕事している様子も書いてみたいです。

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