第一章 渡良瀬純とそのつがい 十
神苑の町を震撼させている一連の事件──それは古い言葉で、「神隠し」と呼ばれるものだった。この町の養護施設に住んでいた子どもたちが、忽然と姿を消してしまったのである。まるで魔法にでもかけられたかのように、ごっそりと……。
これまで何度も語られてきたように、神苑町は事件が発生することのほとんどない、とても平和な町である。
ゆえに、「子どもたちは神様にさらわれたんだ」だの、「いや、宇宙人にさらわれたんだ」だの、「政府の実験体に選ばれたのかも」だの、無責任な噂話が錯綜しているのである。……むろん、真実はいまだ、明かされておらぬのであったが。
現時点において、犯人からのメッセージは特に報じられていない。なにを企んでいるのか、なにを狙って事件を起こしているのか──「事件に関する情報は、法術局によって、厳重に秘匿されているのだろう」というのが、国民の見解であった。
法術局。
その名ならば、純の耳にも届いていた。というよりも、日本、否、全世界にその名称は知れわたっていた。
法術局は、地球の内外で発生した「女性消失事件」こと「大罪厄」以降に創設された、天祖直属の超法規的機関である。
入局できるのは魔術を扱える者限定──すなわち、完全男性体がほとんどだ。ただし、一部において例外が存在するそうなのだが、その件に関しては、純は知らない。法術局はかつて存在した「警察」という組織とほぼ同様の機能を担っているのであったが、その内情は庶民には隠されているのである。
だからこそ、法術局という名称は有名なのだった。すでに過去のものとなった「警視庁公安部」に近い存在──それが「法術局」という団体なのである。
けれど、公安よりも法術局のほうがいくらか格は上だった。
なにしろ、法術局のトップは、この国を統べる祭祀王こと天祖なのである。
侍従長や側仕えの方々のみが謁見できるという彼(もしくは彼女)は日夜宮中で過ごし、外には一切顔を出さないため、国民の大半は天祖の素性についてほとんどなにも存じ上げずにいた。
純だって同じだ。そもそも、ただの一庶民でしかない自分が、この国の安寧を司る尊き守護者を拝めるはずがないのだから──。
太陽が遠くの山の尾根に隠れんとするまさにそのとき、純は月世と連れ立って公園を出た。特に寒さは感じなかった。月世が放った魔術によって、二人のいる一帯が暖まっているためである。
枝葉を風に震わせる桜の木に心の中でさよならを告げながら、純は大通りに出た。車道側は月世が歩いた。
夕方の大通りは車も混むし、人も混む。
だが、日暮れが終わる頃になると、嘘のように混雑が緩和するのだ。空が闇色に染め上げられているいま、歩行者も自動車もほとんど見受けられない。
しかもこの日は珍しいことに、通りに並ぶ店舗群──テラス席のある小洒落た喫茶店や、広い駐車場を持つ大型書店、全国にチェーン展開しているスーパーマーケットに入る客もほぼいなかった。店の中には多数の客がいたものの、純たちに視線をやる人がどこにも見当たらなかったのである。
「おかしい」
歩きながら、月世が言った。「いつもならば歩行者とすれちがうものだが……」
「そうだな。いつもなら、人も車ももっといるもんな」
まことに奇妙な夜だった。
月世が指摘したように、普段なら、通行人やら車両やらがいくらか通るのだ。
なのに、公園を後にしてからずっと、──かれこれ五分は歩いているのに、二人以外に道をゆく者がいない。仮にも町の目抜き通りだというのに、歩行者はおろか、地域猫の姿すら目に入ってこないのである。
それに、店舗内にいる客たちと視線がまったく合わないのも不思議だった。客のみならず、店員までもが通りを歩く純たちに気づいていないようなのだ。
「変なの。……なんか、こういう夜って、神隠しにでも遭いそうだよな」
「縁起でもないことを言うな」
月世がそっとたしなめてくる。
「でも、なんか変じゃんか。さっきからずっと、人も車も通らないし、店の中にいる人たちと目が合わないし。皆、まるでおれたちの存在を無視でもしているかのように、視線を合わせようとしないし……」
──と、そこまで言ったときだった。
月世がはたと足を止めた。
【続く】
【裏話】
エースコンバット3DのサントラがSpotifyで配信されはじめたので、とても嬉しいです。
いままでYouTubeを通して聴いていたのですが、Spotifyで配信してほしかったのですよ……。




