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第一章 渡良瀬純とそのつがい 九

「頼むから、卒業したら家に入ってくれ。『また俺のわがままに付き合わせて悪い』とは思っているのだが、これだけは譲れんのだ」

「頼む」と頭を下げてくる月世を見て、純は慌てて、

「ごめん、ごめんって!」

と、大声を出した。

天下に名だたる天宮家の嫡男ちゃくなんに頭を下げさせたとまわりの人々にばれたら、なんと言われるか知れたものじゃない──そう感じたからこそ、

「ごめん! おれが悪かった! いまのは冗談だよ、ただの冗談!」

と焦って、謝罪の言葉を告げたのである。

「そうか」

頭を上げた月世がほっとしたような表情を見せる。

それを視認した純もまた、ほっと息をついた。

「卒業後はおまえの言うとおりにするよ。大学にも進学しない。就職活動もしない。……これでいいだろ? な?」

「すまん」

月世が真顔になって言った。

「おまえの未来を俺のエゴで歪ませるようなことをして、すまないとは思っているんだ」

「それは言わない約束だってば。おれは絶対女性体オメガで、いずれ必ず女になっちまう体を持ってるんだ。そして、将来はおまえの妻になるんだ。

だから、月世、頭を下げるのはやめてくれよ。おまえはちっとも間違っちゃいない。ていうか、おまえの言い分のほうが絶対正しい」

しかし、月世は再度、

「すまん」

と、真顔で言うのだった。

「おまえの人生に制限を加えて、本当に申し訳ないと思っている。……これは俺の正直な気持ちだ」

「気にすんなよ、そんなこと」

純はいつものように、朗らかに笑った。

「『おまえにそんなに想われているなんて、おれって幸せ者だなあ』と思ったしさ。実際、天宮の屋敷に引き取られてから、楽しい思い出をいっぱい与えてもらったし……。だからおまえは、負い目なんか感じなくていいんだ。おれは毎日楽しく過ごさせてもらっているんだから」

純は月世に、親しみのこもった笑顔を向けた。

それを見て安心したのだろう。月世もまた、口許を微笑の形に曲げる。

少し離れた位置で、

「さよならー!」

という子どもらの声が、いくつも響きわたった。

遊び終えた子どもたちが、親らしき大人たちに連れられて、ひとり、またひとりと公園を去っていく。敷地から出ていく子どもたちの顔は皆、明るい充足感で満ちていた。

平和だった。なにもかもが。

桜並木の向こうに消えゆく人々の姿、美しく澄みわたった夕空ゆうぞら、彼方で瞬く淡い星、そして宙に浮かぶレガリア──目に映る景色のなにもかもが、平和な情景を映し出していた。

神苑の町は、つつがなく、一日を終えようとしていた。

さよう。

純は、「今日もいつもと同じように、平和な一日になるのだろう」と考えていた。

しかし、その「平和を絵に描いたような神苑町」は、このところ、奇妙な事件に見舞われていた。それを思い出した純は、

「そういえば……、」

と、話を切り出した。

そして月世の返事を待たずして、

「そういえば、ここ何週間か連続して変な事件が起こっているんだよな……。なあ、月世。おまえ、知ってるか?」

と続けた。

「ああ、知っているとも」

月世が浅くうなずく。


園内に設置されている街灯が、ぽつりぽつりと明かりを灯す。

空が闇に覆われていく。


夜の気配が、すぐそこにまで迫りつつあった。


【続く】

【裏話】

コーンポタージュスープが好きです。

(さっき買ってきました)

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