39話 危険な火種 ~隠れ潜む者~
サンドレアムの街の東。
雪深い街道から、人目を避けるように建っている一軒の廃屋があった。
周囲の建物は老朽化が進み、所々崩れかけているが、この廃屋だけは奇妙なほど整然としていた。
木の板で覆われた窓や、しっかりと施錠された木製の扉がその異様さを際立たせている。
そんな廃屋の前で、背負い袋を肩に掛けた鋭い目つきの男が、周囲を気にしながら扉をノックする。
「おう、ルド戻ったか」
「ああ、他に誰か来たか?」
「いや、誰も。まだ寝てる馬鹿に、交代の時間だって伝えておいてくれ」
廃屋の内部は冷たい空気が満ち、どこからともなく腐った木材の匂いと湿気が漂う。
床には埃が積もっているが、足跡がいくつも重なり、ここが頻繁に人の出入りがあることを示していた。
……いい加減、撤退しねぇと。
見張りの男と会話を交わし、ルドが通路を進むと、奥には大きな部屋が広がっていた。
薄暗いランタンの明かりが、部屋全体を不気味に照らす。
部屋の中心には、古びた木製の机。
その上には、粗末な地図や紙が散らばっている。
地図にはサンドレアムの街並みが描かれ、いくつかの場所に赤い印がつけられていた。
部屋の隅には粗末な寝具がいくつも並び、別の隅には食料や水が無造作に積み上げられている。
その空になった水樽や食料が入っていたであろう空箱を見て、ルドは長くは持たないと焦りの表情を浮かべた。
「おい、起きろ。交代だ」
「ん? ……ああ、ルド。もう時間か」
寝ていた男は起き上がると、水を一口。
見張りの交代をするため、パンを片手に入口の方へ歩いて行く。
「おいっ! 外には出るなよ。お前らは顔を知られてる」
ルドの言葉に男は「わかってるよ」と、ひらひらと片手を上げて応じた。
……チッ、気楽な奴らだ。新しい馬も手に入らなかったっていうのに。
あんな真夜中に騎士団に出会うなんてと、ルドは自らの不運を嘆き、酒を片手に打開策を探る。
振り返れば、最近は不運続きだと、ルドは顔をしかめた。
役所に目をつけられた可能性があるとほざいて、姿を隠した商人。
薬を試すと言って森へ入ったきり、連絡の取れないどこぞの研究者。
よりにもよって一番高価な商品を破損したあげく、商家の子供が中身に触れてしまったと、青い顔をして戻って来た馬鹿な部下。
……役立たずどもが。
部下に至っては案の定、自らも触れたせいで数日高熱にうなされ、つい先日、息を引き取った。
朦朧とした意識で大事な商品をぶちまけやがって、最後の最後まで馬鹿な奴だと、ルドは苛立つ。
……あの商品のことは極秘。バレれば首が飛ぶ。
「運搬中にやらかしやがって」
ルドは苛立ちのあまり、近くにあった椅子を蹴飛ばした。
こんなことをしても、気分は晴れないとわかっているのだが、何かに当たらなければやっていられなかった。
……ガキを攫うところまでは、上手くいってたってのに。
馬車を放棄し身を隠したが、朝方、戻った時には馬車のみ。
子供も馬も見当たらなかった。
降った雪で足跡が消えているため、追跡は困難。
子供が勝手に野垂れ死んでいることを祈り、結果的に金銭目当ての犯行と思われればそれでいいと諦めた。
だが、馬を失ったのは痛かった。
雪で街道は使えず、雪解けまで動けない。
隣の町までは距離があるため、再び、拠点まで引き返した。
食料も残りわずか。
しかし、見張りの二人は門を通過するときに顔を見られている。
万が一を考えて、顔を知られていないルドが領都まで徒歩で買い出しに出る始末だった。
何もかも上手くいかない。
……やってらんねぇぞ。
ルドは苛立ちを隠さず、干し肉を噛み千切り、酒をグッとあおる。
「よう。随分と苛立ってるな、ルドヴィット」
「――っ!」
背中越しに聞き慣れない声がして、ルドは即座に腰の剣に手を添える。
……なぜ名前を知ってる?
「大変だったぜ。雪が降ると足跡が消えちまうんでな……会いたかったぜ」
……尾行された? 会いたかっただと?
ルドは呼吸を整えると、素早く椅子から立ち上がって振り返る。
対峙した瞬間、ルドの本能が萎縮した。
ぞわりと肌が粟立つ。
こいつは危険だと、そう本能が伝えてくる。
……やべぇのが来たな。




