37話 ああ、妹よ ~五歳児の宿題~
ルルーナの発想が、再び飛んだ。
僕の予想を大きく飛び越え、僕が考えつかなかった方法を言い出した。
役所で募集なんて、聞いたことがない。
募集は各商会や個人店が、店先で募集する方法だ。
「商会の従業員を募集するのに、役所で募集するのかい?」
「え? 駄目? 人集まりそうだけどなぁ、利益も出るし……」
まるで、なぜそれをしないのかと、心底不思議そうにルルーナは言う。
「いや、普通は店先でやるんだけど。それは思い浮かばなかったなぁ……」
人が集まる場所で募集すれば、もちろん効果的だ。
だが、役所が許可してくれるだろうか。
ルルーナは、利益がと言った。
仲介料的なものだろうか。
いずれにしても、やはり着眼点が違う。
……凄い。僕なら妹の解答に満点以上をあげたいくらいだ。
「例えば、銀貨一枚で一節の間、役所に張り紙をしてもらうとか。無職の人は自分が得意な仕事を探したいけど、募集がお店の前だけだと、場所によってはわからないでしょ? 旅人だって、どこにお店があるかなんて知らないし」
……探す側の視点で考えてるのか。
「それもそうだね。大通りに面したお店以外は、目に付く機会は少ないだろうね」
ルルーナは可愛らしい身振り手振りで、さらに説明を続ける。
「役所にそういう募集の掲示板みたいなのがあれば、無職の人は仕事に就けて、役所は張り紙代で利益は出る。お店はその期間、自分のお店の宣伝も兼ねて募集できて、待っていれば勝手に人は来る。みんな利益があると思うんだよね」
開いた口が塞がらないとは、このことだろう。
もう、商会の労働力を確保する方法から、街全体の労働力の確保の話になっている。なぜ、規模がそこまで飛躍できるのだろうか。
たしかに、ルルーナの説明だけ聞いていれば、良いこと尽くめだ。
役所側も、店側から預かった募集文を張り出すだけだ。
たったそれだけで、随分と各所の苦労が改善される。
……だけどこれは……新しい制度の導入に近いぞ。
役所の許可も必要だが、各商店への説明も必要だろう。
広く告知し、住民にも知らせなければ効果も期待薄だ。
そもそも、これは役所が施行するようなものだ。
ただの平民が、おいそれとできる内容じゃない。
なぜ、所長はこんな課題を出したのだろう。
……いくらルルが賢いからって、これじゃ役所の……役所?
ふと、エステラが頬杖をつきながら、プンプンと怒った顔で愚痴っていたのを思い出した。
――「いっつも不機嫌な顔でさ、面倒くさそうな感じなんだよね。それが急に貴族と引き合わせてやるだなんて、なにか企んでるんじゃない?」
……あの顔は可愛かったなぁ。
所長が何かを企んでいる。
言い方は悪いが、何か考えているのはわかった。
エステラの勘は間違っていないと思う。
ルルーナに課題と称して何か違う視点から、打開策を模索しているのではないだろうか。
政策に使えるような何かを。
ルルーナならば、自分たちと全く違った視点でものを考えてしまう。
それにどこか期待でもしているのだろうか。
危害を加えることは、ないはずだ。
それはルルーナの様子を見ればわかる。
ただ利用するだけならば、命令するだけでいいからだ。
しかし、ルルーナの考えは平民の生活を基本に考えている。
貴族にとっては、あまり必要のないことばかりにも感じるのだが……。
……そういえば、所長は平民の苦労を知っていた。
もし、所長が平民の生活を改善するような案を、ルルーナに求めているのだとしたらどうだろうか。
……いや、都合よく考えすぎだね。
「……ちゃん。お兄ちゃん」
聞き惚れるような声がする。
「どうしたんだい、ルル」
「どうしたじゃなくて、大丈夫? 疲れてない?」
考えに没頭してしまい、妹の言葉を聞き逃していた。
これは大失態だ。
それにしても、その上目遣いで心配する眼差しは、控えめに言っても最高だ。
「今日はこれぐらいで、寝るね。おやすみ」
「あ、あぁ……おやすみ。ルル」
ルルーナは椅子からひょいっと降りて、挨拶を交わして部屋から出ていった。
僕はルルーナの役に立てたのだろうか。
宿題と言ってはいたけれど。
……五歳の子供に出す課題じゃないよなぁ。
所長が何を考えているのかは、見当もつかない。
だが、ルルーナを悲しませるようなことだけは、しないでくれよと切に思う。
……さてと、明日もシュワシュワ石を砕かないとなぁ。




