37話 ああ、妹よ ~なにをする気だい?~
また、ルルーナがとんでもないことを言いだした。
孤児院の子を従業員にとは、無理にも程がある。
だが、ルルーナの表情は至って真面目だ。
本気で考えている目。
ガラス玉のような透き通った目だ。
これはしっかりと考えを聞く必要があった。
「アイナは商会の作業をしてるでしょ。読み書きが可能なら、作業だけでも大丈夫?」
アイナは、十分助けになってくれている。
だが、アイナは計算も多少なら可能だ。
他の孤児と比べたら、雲泥の差だ。
「いや、アイナは多少でも計算ができるからね。分量を計ったり、そこはしっかりできないと作業員は難しいかもね」
「計算かぁ~」
冷や汗が吹き出そうだ。
次はどんな言葉が飛んでくるのか、全く予測出来ない。
今、ルルーナは何を考えているのだろう。
従業員ではなく、孤児を作業員として使うつもりなのか。
「アイナって誰に計算を教わったの?」
「レンさんじゃないかな」
「レンさんかぁ~。やっぱりそうだよねぇ」
あくまで、製法の流出がない場合が前提だったはずだ。
しかし、今のルルーナを見ていると、まるでそれを問題視していない。
……講義で何か知ったのかな? それで解決策を?
ルルーナなら可能性はある。
僕が考えつかないだけで、何か方法を見つけたのかもしれない。
であれば、あの聞き方にも納得がいく。
「何か思いついたのかい?」
「う~ん、思いついたというか、結局のところ労働力がねぇ~」
……労働力の確保の方が、ルルにとって重要なのかな?
労働力が優先。
考えられるのは、フレデリカの件で負担をかけてしまったのではないかと考え、何かしら力になりたいと思っている場合だろうか。
……ルルは優しいからなぁ。
僕もあれは失敗だったと反省した。
まさか貴族の注文量があれほどとは、微塵にも思っていなかった。
香りを付ける実験の際、毒性検査の魔道具を借りに役所へ行った時、偶然にも所長に出くわした。
所長は「いい勉強になったのではないか?」と、まるで分っていたかのように告げた。
全くもって、その通りだ。
たしかに、貴族との取引経験がない僕には、いい経験だった。
最初の注文の際、お試しとはいえ、今後の取引量を確認するべきだった。
その時点で断ることができるかは別だ。
しかし、書類に起こしておけば、フレデリカも無理に注文することもなかったかもしれない。
貴族は平民の事情など知らない。
それを失念していた僕の落ち度だ。
もしもその件でルルーナが負い目を感じ、労働力不足を解消しようとしているのであれば、申し訳なく思う。
……他の可能性は。
考えただけで、ぞっとした。
周りに知られる前に、大量生産して売ってしまうこと。
製法が流出しても、それを上回る儲けを生み出せばいい。
そしてまた、新しい商品を作っての繰り返し。
……たしかに一時的とはいえ、すごい儲けになる。
まさか、化粧水を作ったのも、それが理由だろうか。
だとすれば、今後、どんどんルルーナの作る商品は加速していく可能性がある。
……ルル、会長にどう説明すればいいんだ。
僕は頭を抱えたくなった。
そんなことはないと思いたいが、否定しきれない。
……ルル、僕より自分の心配をしてくれ。
労働力不足もそうだが、なによりルルーナの身が心配だ。
つい先日も目的はわからないが、誘拐されたばかりだというのに、まるで危機感がない。
「ねぇ、お兄ちゃん、新しく五人も雇えるの?」
「まぁ、売上が出れば大丈夫だと思うけど……」
……新しくってことは、やっぱり孤児か? でも、孤児は……。
「ルル、こういうのはなんだけど、あまり事を急ぐのは危険だよ?」
ルルーナはきょとんと目を丸め、控えめに笑った。
「大丈夫、大丈夫。ただの宿題だから」
「宿題?」
「ああ、えっとね、労働力の確保。どうすればいいかって宿題」
「講義の?」
「うん」
貴族に引き合わせる件から、僕たちの現状は知られていると考えるのが妥当だ。
しかし、所長にルルが商品に関わっているとは、バレていないはず。
フレデリカの好感触を知って、いずれ直面するであろう問題を予測したのだろうか。
僕たちがいずれ直面する問題。
労働力の確保。
ルルーナは、それに対する解答を求められているように感じる。
製法の流出は別として、ルルーナには身近な問題を用意することで、考えるように誘導しているように思える。だが、普通の講義でやる内容ではない。
所長もルルーナの賢さに気づいたからこそ、こんな問題を出しているのだろうが……。
……だとすると、製法の流出問題を解決できたわけじゃなさそうだね。
「それなら、無職の人を雇う方法が一般的じゃないかな。奴隷制度があった時は、奴隷を買って、とかね」
「へぇ、そこでも奴隷かぁ」
「うん。教育した孤児でも良いと思うけど、教育された孤児っていうのは、非常に稀だからね」
そこまで話し終えると、ルルーナがこてりと首を傾げた。
「ところで、無職の人って、どう見分けるの? 直接、聞くのは失礼だよね?」
「ほとんどが従業員の知人だったり、家族だったりかな。紹介って感じだね」
「そっかぁ。他人を雇うことはないのかぁ」
「募集って形なら見たことはあるけどね」
……全部教えちゃうのもいけないし、こんなところかな。
「役所で募集すれば集まりそうだね」
「ん? ルル、一体、何を……」




