36話 制度のお話 ~ないなら作ろう新たな制度3~
所長が笑った。
あの怖い笑顔だ。
「それに、その方が都合が良い。商会の者に任せるよりも、領内の利益を理由に、後ろ盾になっている貴族たちにも中立でいられるうえ、最大の後ろ盾もある」
わたしは小首を傾げた。
「最大の後ろ盾?」
所長は机の上に手を組んで意地悪く、常識テストでもするように尋ねた。
「役所の運営は誰の管轄だ?」
……役所の管轄って……。
「あっ! 領主、様?」
「そうだ」
……うわぁ~、そりゃ強いわ。
「え~っと、そこまではわかりました。でも、レント会長にはどう説明を? お兄ちゃんもわたしも、レント会長を説得はできません。所長がするんですか?」
今日のわたしは一味違うのだ。
よく気づいたと、自分を褒めてやりたい。
ノックスは制度の件を知らないし、わたしが会長の説得など不可能だ。
会長相手に難しい説明なんて、絶対したくないからではない……決してない。
わたしは、机の下でグッと拳を握る。
……今日はちゃんと考えてますっ! さぁ、どうです。
だが、そんな質問は想定済みだったのか「私は、そんな面倒な説明などしない」と言いながら、所長は口の端をわずかに上げる。
「いるではないか。適役が」
「うん? う~ん?」
……だれ?
なぜだろうか。
質問をしたのに、わたしが答える羽目になってしまった。
わたしが天井を見上げ唸っていると、なぜ気づかないとでも言いたげな所長の顔に、呆れの色が濃くなった。
「……ぬか石鹸に、ご満悦だった貴族を忘れたか」
「あああぁ~」
……いましたね。スッキリしました。
「でも、フレデリカ様からしたら独占でも問題ないのでは?」
後ろ盾になるなら、商会と製法は守れる。
製法の流出に警戒すれば問題ない。
……でも、制度を作ってくれないと、わたしたちは困るんだよね。
「化粧水を開発してしまうような将来有望な者たちが狙われるのは、彼女も本望ではないだろう?」
「それは……どういうことでしょう?」
……もうちょっと、ヒント下さい。
所長は眉間に皺を寄せ「まったく、君は」と呟き、ヒントをくれた。
「ぬか石鹸の比ではないと、言わなかったか?」
「……つまり?」
所長は「やはり説明が必要か」と、諦めた口調でストレートに教えてくれた。
「化粧水が表に出るとしたら? 領内全ての女性貴族を敵に回して、守り切れると思うか?」
「それはフレデリカ様でも……それでフレデリカ様にとっても制度が絶対に必要になる?」
「そうだ。これで理解できたな」
わたしはコクリと頷いた。
……フレデリカ様も同時に追い詰めてたのか、この人は。怖すぎるよ。
一人で勝手に戦慄していると、所長は深く考え込むように視線を落とした。
しばらくして顔を上げ、口を開いた。
「さて、これで外部に生産過程が知られてもよい状況が整う。肝心の労働力はどうするつもりなのだ?」
わたしの考えを聞きたいのか、それともただ試しているだけなのか。
もしくは、その両方か。
所長の表情からは読み取れない。
「えっと、まだ何も考えてませんが、過程が知られても大丈夫なら、レント商会の従業員で足りるのでは?」
「貴族一人の試しの発注量で騒いでいるのだぞ? 本当に良いのか?」
わたしの頭では製法の問題だけで精一杯なのだ。
そんな先まで、予測は出来ない。
「お兄ちゃんに、確認してから、そのぉ……少し考えてみます」
所長は「そうしなさい」と、少し満足そうだった。
……もしかして、今の答えが正解だったの? やったね!
「では、次の講義までには少し考えておきなさい」
……あっ、宿題になっちゃった。




