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35話  お姉ちゃんは強く ~密かに宿す決意の灯3~



 エステラの足がピタリと止まった。

 娘の隠そうともしない怒気に、隣を歩いていたライアットが何事かと顔を向ける。



「どうした?」

「父さん、あいつだ……攫った男」

「なにっ!」


 二人は建物の角に身を隠すと、例の男を目で追った。


「間違いないのか?」

「間違いない。絶対」


 ライアットは、エステラがわざわざ嘘をつくとは思っていない。

 ただ、他人の空似ではないのかと、注意深く男を観察した。


 傍から見れば、冬用の外套を纏った旅人のように見える。

 だが、単純に街を散策するだけであれば、荷物を宿に預けていないのが気にかかった。


 この時期の旅人ならば、街から街へ移動はしない。

 大きな背負い袋を担いだ旅の装いに、疑問が残る。


「鉄板が入ってるな」

「鉄板?」


 加えてライアットが注目したのは、男のブーツだった。

 旅人であれば、わざわざ長距離を移動するのに重いブーツを履くような真似はしない。


 あのようなブーツは警備隊や、傭兵の部類が履くもの。

 そのようにライアットは推測した。


「ありゃぁ、傭兵か……」


 石畳の街中で履いているブーツにしては、土や泥で汚れている。

 つい最近まで街の外にいた証だった。


 だが、男が旅人とは思えない。

 そして、外套で隠してはいるが帯剣しているのも確認できた。


 限りなく黒に近いが、決定的な証拠は無い。


「……なるほどな」

「父さん、何かわかったの?」


 ライアットは男を観察して気づいた点を、エステラに伝える。

 エステラは男から視線を外さず頷くと、語気を強めて提案した。


「捕まえようっ! 父さん」

「駄目だ」


 今すぐにでも飛び出しそうなエステラに、待ったがかかる。

 ライアットはエステラの腕を掴んで「落ち着け」と言うと、そっと娘の頭に手を置いた。


「お前は役所に行け。所長に伝えるんだ」

「でも……うん。わかった」


 有無を言わせない表情で「行き先を確かめる」とエステラに告げ、ライアットは男の後を追いエステラと別れた。


 ……父さんなら、きっと大丈夫。


 エステラは走った。


 あいつを逃がすわけにはいかないと、人々の間をすり抜け役所へ急いだ。

 しかし、役所の中には所長の姿どころか、ルルーナの姿も見当たらない。


 焦るエステラが講義室を後にして役所を出たその時、役所の前でジークの姿を発見すると、すぐさま駆け寄り事の次第を伝える。


「すぐにお伝えします。今は商会の倉庫の方へおりますので、迎えが行くまではそちらで待機を。それと、この件はご内密に」

「はい。ジークさん、お願いします」


 エステラはジークが馬車に乗り込むのを見送ると、自分の役目を終えてほっと息をつき、レント商会の倉庫へ歩き始めた。


 ……ルルにこれ以上、心配されるわけにはいかないよね。


 エステラはパンッと両手で頬を叩いて、感情を落ち着かせようと呼吸を整える。



 ……私はお姉ちゃんなんだから。



 四の鐘が鳴り響く中、赤々と焼けた空に照らされたエステラの目には強い意思が宿っていた。







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