35話 お姉ちゃんは強く ~密かに宿す決意の灯1~
「変だな……」
死骸を調べていたライアットが、おかしなことに気づいた。
魔獣の口の周りに付着していた血の色が、やけに黒かったのだ。
黒く変色している割には、時間が経った形跡もない。
木の実を食した可能性もあるが、今は冬である。
そのような実や果実が、冬の森にあることは聞いたことがなく、また、ウルフイーターが食すような物でもない。
「こりゃぁ……」
本来、魔獣化した獣は結界を嫌う。
そして、結界内の動物が魔獣化することもあり得ない。
ではなぜ、野生の魔獣が結界内にいたのか。
例外がないわけではない。
腹を空かせば侵入もする。
しかし、この魔獣は結界内に深く入り込み過ぎていると、ライアットは疑問に思う。
「父さん、後ろっ!」
エステラが声を上げると、茂みから突如、もう一匹。
気配を殺していたウルフイーターが、ライアット目掛けて飛びかかった。
「賢いじゃねぇかっ!」
しかし、ウルフイーターの牙は届くことはなかった。
ライアットは振り向きざまに、鉄板補強された皮手袋を装着した拳で裏拳を繰り出し、牙ごと顔面を殴りつける。
顔面に予想外のカウンターを受け、牙を叩き折られてふらつくウルフイーターに、ライアットがすぐさま組み付いた。
……父さん、魔獣を素手で。
「悪いな、こっちの方が俺は得意なんだっ!」
ライアットは、ふらつくウルフイーターの首を腕で抱え込む。
そして、そのまま力任せに――へし折った。
その光景を見ていたエステラは、口を開け呆然としている。
……は? 噓でしょ。
「まっ、身体強化ってのは、こういう使い方もできるってこった」
……あれも身体強化なんだ。
「さてと、処理するか」
「う、うん……」
エステラはまだ驚愕から立ち直れていないのか、若干、震えた声で答えたが、その目は輝いていた。
◇ ◆ ◇
ライアットは背負い袋から火打ち石を取り出し、魔獣の死骸に火をつけ始めた。
食肉として食べられる魔獣もいるが、今回は黒く変色していた血の件もある。
食べないのはもちろんだが、餌として利用するのも控える。
ライアットは魔獣の体内で何か起こっているのだとしたら、他の獣が死骸を食べた場合、何かしら影響があるかもしれないと考えたからだ。
エステラもまた、残った死骸に火をつけ、火の揺らめきを見ながら先程の戦いを振り返っていた。
……あの域まで強化を高めることができれば。
エステラは、あの光景を忘れまいと記憶に焼き付ける。
身体強化一つでも、魔獣を圧倒した。
それを、ライアットが証明したのだ。
これを忘れてはいけないと。
「もう十分だな」
しばらくして、ライアットが雪をかけて火を消し始めた。
エステラも指示に従い、消火する。
二人は燃え残った死骸から小さな魔石を取り出すと、残った骨を軽く砕いて穴に埋めた。
骨はそのまま風化し、森の肥料になるだろう。
「さてと、昼飯食って帰るか」
「うん」
エステラは頷くと、皮袋を背負い直す。
ライアットはその目を見て、娘の成長を感じていた。




