34話 お姉ちゃんは強く ~守りたいのに守られた3~
エステラも、何かがいるのは気づいている。
ライアットの指導の下、五歳の時から森で訓練をしているのだ。
熟練の狩人には劣るが、ごく一般的な狩人よりも感覚は鋭いかもしれない。
先程から、鳥の鳴き声はせず、雪うさぎの足跡はあるものの姿が見えない。
そのことからも、何かを恐れて雪の中に隠れているのだろうとエステラは推測する。
「あの奥だ」
十分に距離を取ったところで、ライアットが木々の隙間の奥、雪の積もった茂みを指差した。
エステラも、息を整え、茂みを注視する。
すると、ガサリと茂みから獣の鼻先が見え、徐々に正体があらわになった。
「――ッ!」
茂みの中からゆっくりと現れたのは、傷を負ったオオカミだった。
獲物を探しているのか、鼻先で匂いをかぎながら辺りを見回している。
……オオカミじゃ、ない?
「父さん、あれってフォレストウルフなの?」
「いや、一回り大きい、毛も灰色だ。ウルフイーターだな」
森林地帯に生息するオオカミ。
フォレストウルフであれば、冬の時期は真っ白く毛が生え変わるため、別名スノーウルフと呼ばれる。
しかし、現れたオオカミは灰色だった。
山岳に生息するマウンテンウルフと毛色が似てはいるが、生息域が違いすぎる。
だとすれば、ウルフイーターだとライアットは考えた。
フォレストウルフが魔獣化した名称だ。
性格は好戦的で、飢えに苦しむと仲間のフォレストウルフでさえ襲う危険な魔獣だ。
「なんで魔獣が……」
ライアットが小さく呟いた。
「にしても、仲間の気配がない。あいつ喰いやがったか?」
「仲間を……食べた?」
「腹が減っていたら、仲間でも食うのさアレはな」
……落ち着け、大丈夫。父さんもいる。
エステラは恐怖を押し殺すように、拳を強く握りしめた。
普通のオオカミとは何度も戦った。
今度も大丈夫だと、自分を奮い立たせる。
エステラの緊張を感じとったライアットは、「大丈夫だ」と声をかける。
エステラに足りないのは、知識と経験。
能力面で言えば、身体強化を使えるエステラなら、一般的な狩人以上に動ける。
ライアットはそれを理解したうえで、実戦経験を積ませる好機と見ていた。
「口の周りに血痕、傷もある。仲間と争ったか?」
注意深く観察していたライアットが言った。
「仕留めるぞ。このまま逃がすと厄介だ」
「うん」
ライアットが、ゆっくりと腰のナタに手をかける。
「強化して、木に登れ。そこなら安全圏だ」
安全圏からの援護を、エステラに指示する。
エステラは頷くと、音を立てないように配置に着き、弓を構えて合図を待つ。
……ふぅ、大丈夫よ。集中。
ライアットが右手を上げた。開始の合図だ。
「火の神よ、猛る炎の如き力をっ!」
エステラが身体強化を発動し、力一杯引き絞り放った矢がビュンッと風を切ってウルフイーターの胴を穿つ。
ウルフイーターは痛みに悶え、唸り声を上げる。
エステラのいる方向を睨みつけるが、ライアットが前に立ちはだかり、ウルフイーターを挑発する。
「よう、犬っころ。こっちだ」
ライアットがエステラの射線を確保しながら、ゆっくりと間合いを詰める。
ウルフイーターが雄叫びとともに、鋭い牙をむき出して飛びかかった。
しかし、牙が目前に迫るも、鈍い音とともにライアットのナタがその勢いを止めた。
ライアットは、冷静にウルフイーターの動きを見極めると、矢の刺さった脇腹に重く鋭い蹴りをお見舞いし、吹き飛ばす。
鉄の棒で殴りつけたような重い音が響く。
ライアットの身体強化した蹴りをまともに受け、ウルフイーターは苦痛に顔を歪めた。
「ググググゥゥ……」
「来いよ。どうした? 距離が離れちまったぞ」
……今だっ! もう一発。
ライアットがナタをくるりと回し、ウルフイーターの意識を自身に向けさせると、再び、エステラの矢が胴に突き刺さる。
「――シッ!」
ライアットはウルフイーターが怯んだのを見逃さず一気に踏み込むと、首筋めがけてナタを凄まじい速度で振り下ろし、叩き切った。
急所への決定的な一撃。
肉は大きく裂け、力なく頭を垂れたウルフイーターはピクリともせず、絶命した。
「ふぅ、こんなもんか」
ライアットはナタを鞘に収めると、その場に屈んで死骸を調べ始めた。
その様子を確認したエステラは、木の幹にもたれ掛かり一息つくと、木の上から警戒を兼ねて辺りを見渡す。
……上手く当てられた。でも、威力が強かったような……。
一射目、普段の力よりも、ずっと強い感触があった。
身体強化を使ったとはいえ、あんな威力は出ないはずなのにと、右手を見つめる。
……成長してるってこと?
そうであれば嬉しいのだが慢心は駄目だと、エステラは頭を振る。
……日々精進ってね。
この感触を忘れないようにと、エステラは拳をぐっと握り込んだ。




