34話 お姉ちゃんは強く ~守りたいのに守られた2~
エステラは、辛い気持ちを振り払うように頭を振った。
もう一度、深く深呼吸をして気持ちを切り替える。
だが、どうしても引っかかって、頭から離れないことがあった。
……あれはなんだったのかな?
馬車を追い、男に蹴り飛ばされた時のこと。
身体強化の魔法で防御するも、勢いまでは殺せない。
走る馬車から宙に投げ出されたエステラは、咄嗟に激しい衝撃に備えた。
しかし、落下による衝撃はなく、ただ不思議な浮遊感に包まれたのだ。
……父さんは魔法じゃないか、とは言ってたけど。
エステラは自分の両手をじっと見つめて、魔法を教わった時の記憶を思い出す。
八歳の秋。
平民では、騎士には絶対になれないと聞いて、酷く落ち込んでいた時期。
気分転換にと、ライアットに無理やり連れ出された森でのこと。
今まで見たことのない真剣な表情で、ライアットは言った。
俯くエステラに「なぜ、騎士になりたいんだ?」と。
答えは格好良いとか、天馬に乗りたいとかではなかった。
エステラは顔を上げ、「みんなを守りたいから」とまっすぐ告げた。
すると、ライアットは「じゃあ、騎士じゃなくても守れるな」と笑った。
……なんで、騎士にこだわってたんだろうね。自分でも笑っちゃうけど。
その日からだった。
いつも以上に訓練は厳しくなり、ライアットは、普段は見せない傭兵の顔をエステラに見せるようになった。
一節ほど経った頃、絶対に使いどころを間違えるなと念を押され「とっておきの魔法を教えてやる」と、ライアットは言った。
……正直、冗談かと思ったけど、本当に使えたんだよね。
最初は、いつもの冗談かと思ってはいた。
だが、「ルーチェ以外には秘密だぞ」と、ライアットの表情は、いつになく真剣だったのだ。
平民には、あまり知られていない事実。
使い方がわからないだけで、実は平民にも魔力がある者もいるのだと、ライアットに教えられた。
長男や次男が優先され、下級貴族の家督を継げない者たちは、婚姻相手を探すのにも苦労する。
相手が見つからない場合、家を離れ、豪商の娘や、家柄の良い一等や二等平民から娶ることもあるのだとか。中には、貴族の地位を捨てる者も。
その際、生まれてくる子供は魔力を持っている場合が多い。
魔力を持って生まれた平民が、その後、他の平民と子を成し、今の時代に引き継がれているらしい。
初めはエステラ自身、半信半疑だった。
だが、魔力の操作を教わり、徐々に魔力というものが感覚的にわかるようになってきた頃、確信に変わった。
その後、少ない魔力でも扱える魔法をライアットから学んだのだ。
……もう一度、あの浮遊感の感覚が掴めればなぁ。
エステラが現在使える魔法は、身体強化の一つのみだった。
ライアットから学んだ魔法であり、これ以外は未だに使えない。
しかし、使えるのと、使えないとでは大きな差だ。
まずは使いこなさなければと、エステラは心に決め、両手をグッと握り込んだ。
……休憩は終わりっ!
エステラは獲物を探しに行ったライアットの姿を探すべく、傍らに置いてあった弓と背負い袋を持ち立ち上がった。
……さてと、父さんは……あっちね。
エステラは辺りを見回し、柔らかい雪の上にくっきりとライアットの足跡が残っているのを確認する。
森の中は背の高い木々が壁のように連なり、森の浅い場所でも薄暗い。
日陰になった部分は凍っており、滑りやすい。
普段よりも足元に注意を払いながら、慎重に歩く。
雪が降り積もった地面は、白い絨毯のように広がっていた。
エステラは、かすかな音を立てながら踏みしめる。
時折、降り積もった雪の重みで枝がしなる音が、辺りに響いた。
しばらく足跡を追うと、ライアットの後ろ姿を発見したが、どうにも様子がおかしい。
ライアットは屈んだまま、動こうとしない。
……ん? なんか変。奥の方に何か。
すでにライアットは異変に気づいていたのか、声をかけようと近づいて来たエステラに片手を上げ「待て」と、合図した。
何かの気配を感じたエステラも、ゆっくりと背負い袋から木剣を取り出し、腰に下げた。
待機していたエステラに、ジリジリと後退してきたライアットが静かに警告する。
「気をつけろ。何かいる」
「うん……」




