33話 成功と失敗 ~成功の余波は苦い味3~
人手不足の話を聞かされた翌日。
事情を話したエステラには、ノックスの手伝いのため講義は休んでもらった。
というわけで、再び所長に質問タイムである。
わたしが思う頭脳がピカイチな人に相談するのが手っ取り早い。
一番の理由は、わたしの秘密を知っているので相談しやすいだけなのだが。
「……そんな理由でして、どうしたらよいでしょうか?」
所長は「人手不足は君たちの問題だぞ」とは言いつつも、話を聞いてくれた。
なんだかんだ面倒見が良い人である。
「遅かれ早かれ、そういう問題になるだろうとは考えていた」
「ええっ! そうなんですか?」
……ホントにぃ?
所長は机の上で手を組むと、まっすぐにわたしを見つめた。
その視線に、わたしは自然と姿勢を正す。
「当然だろう。君が自重しないのだから簡単に予想出来るだろうに」
「やっぱり、わたし……」
所長は続けて「予想より、早かったがな。君の兄も、いい勉強になっただろう」と、付け加えた。
……あれもこれも、どんどん作っちゃったから。
「よいか、君の感覚は君自身が体験するまで、どこか前世の感覚のままではないのか?」
……言われてみれば、体験すると身に染みます。
たしかに洗濯などの労働作業、階級による事情、生活や世界観、わたしは体験してやっと世界を知り、これは大変だと感覚を合わせることができた。
今回は興味さえ引ければ、あとはノックスが上手くやってくれるだろう、大丈夫だろうと思っていた。
また、わたしの勝手な思い込みが原因だ。
……ホントにわたしって、学習しないな。
冷静になって考えれば、レント商会は貴族との取引に慣れていない。
貴族向けの商品を考えた時に、ノウハウがないと聞いていたはず。
ノックスにとっても未知の相手だったはず。
流れは読めても、経験がないので不測の事態に対応しきれない。
そのため、わたしがある意味で最も貴族の近くにいたのだ。
わたしが対策を行う上で、中心にならなければいけなかった。
後ろ盾を得るために、結果しか見ていなかった。
詰めが……甘かった。
いや、甘すぎたんだ。
「商会の事情を正確に把握していない私には、的確な助言はできない。そのうえで言うならば、一番身近なノックスに相談し、受注量の限度や作業による負担の確認を取るべきだったのではないか?」
在庫の確認しか、していなかった。
「……はい。相談も確認もしませんでした」
……そうだ。最低限の数しか作ってなかったし、少しずつって決めたはずだったのに。
受注できる量は、全部ノックスに丸投げ。
フレデリカとの交渉も、丸投げだった。
「言ったはずだ。講師として招く意味を。ノックスたちでは貴族からの注文に対して、断ることも厳しい。しかし、君ならば、多少の無礼を承知で言えたはずだ」
フレデリカは商会の事情など知らないのだ。
まさか、二人で作っているとは思わない。
気に入ったから、周りにも勧めるために大量発注したのだろう。
「確認していれば、それを事前に話す時間はあり、君の秘密を隠しながら貴族相手にどう伝えるべきかと、私に相談もできたはずだ」
確認さえしていれば、注意点を事前に教えることができた。
まだ数を作ることは難しいと、特別に卸すのはフレデリカだけだと。
しかし、話をする前に発注されては断れない。
フレデリカは平民に気遣いのできる貴族だと身を持って知っていたのに、その情報を活かせなかった。
……そうだった。わたしなら多少の無礼は許されたはず。ご満悦だったフレデリカ様に、わたしたちがお兄ちゃんの言葉を先に伝えるべきだった。
「反省してます……」
わたしは俯き、拳をきゅっと握ると、頭をポンッと手で軽く叩かれた。
「責めているのではない、ルルーナ……君のいた世界と、ここでは大きな差がある。その差を修正することが、簡単ではないことも承知している」
所長は……ちゃんと、理解してくれてる。
「二十年近く過ごした世界から、いきなり常識も、世界の法則すらも、何もかも違う場所に来たのだと思うと、君を責めることはできん」
実に厳しい表情だが、普段よりもずっと優しい口調で所長はそう言った。
わたしのために言ってくれているのも、十分わかる。
伝わってる。
だから、余計に涙が零れそうになる。
……駄目よ。
「……はい」
我慢しようにも、ノックスやアイナに負担をかけているのに、大丈夫だろうだなんて……。
他人事でいた自分が許せない。
……不甲斐ないなぁ。
所長の透き通るような紫色の瞳が、じっとわたしを見つめてくる。
「ただ確認をするだけなら、それでかまわん。しかし、どうしたらよいか? と問うのであれば、まずは君自身の考えを述べよ」
わたしは深く頷き、そのまま顔を伏せた。
「君の場合、考えとして間違っているのか? それとも、感覚のズレでそうなっているのかを、確かめる必要があるからだ。それを繰り返すことで、感覚のズレを自分でも少しずつ認識できるようになるはずだ」
俯き、涙をポロポロ流すわたしに何を思ったのか「顔を上げなさい」と、所長が言う。
涙でよく見えないが、所長に少し焦りのようなものを感じた。
「責めてはいないと、言ったであろう。後ろ盾を得よと言ったのは私だ。できなくともよいと言ったが、君は最善を尽くしたのだろう? ただ、結果が予想を上回ったというだけの話だ」
……所長……フォロー下手ですか?
泣き顔を見られたくなくて再び俯いていると、所長は「まったく、君は」と言って、綺麗なハンカチでわたしの涙を拭ってくれる。
「小さな女児を、私が泣かせているようではないか」
「泣かせてるんです……」
……優しさがわかりにくいんですよ、もぅっ!
だけど、そのわかりにくい優しさに救われる時も、きっとあるだろう。
その時、わたしは――笑顔で笑っていられるだろうか。




