32話 化粧水と研究マニア ~魔法はズルい3~
わたしはジークに手配してもらった馬車に乗り込んで、所長の屋敷の前に到着した。
馬車から降り、スタスタと先を歩く所長の後を必死に追う。
所長が歩みを止めたのは、屋敷の裏庭らしき場所だった。
ぐるりと辺りを見渡せば、裏庭の日陰にドクダミの白い花が咲いているのがわかる。
ちなみに馬車の中で所長から聞いたが、ドクダミは水の月から火の月が最も盛んな繁殖時期らしい。
「……夏じゃなかったんですか? ドクダミの花って」
「ここは小さな結界が張ってある。温度を一定にして環境を整えているのだ」
わたしの呟いた疑問に、サクッと所長が答えた。
やはり魔法は万能である。
ハウス栽培よりも効率がよさそうだ。
「ドクダミはこれだけで足りるか?」
「試作なので、これで十分です」
わたしは屈んで白い花の部分と葉を摘みながら、他の材料についても尋ねる。
「所長、他の材りょ――」
「問題無い」
……返答が早いんですけど。
わたしはドクダミを摘み終わると、用意してもらった籠に入れ、所長の私室へ向かう。
私室の前には、すでに他の材料を準備していたジークが待っており、わたしは頭を下げ、部屋へ入る。
……準備も早い。
「濃度の調整は私が行う。君は、葉の汚れを綺麗に洗い落としなさい」
「はい」
室内で無言のまま、各自集中して作業を行う。
わたしは水で葉の汚れを落とし、一枚一枚、丁寧に乾かす。
所長は手慣れた感じで蒸留器みたいな器具を操り、計測器のような器具と、にらめっこしていた。
「所長、これ乾くまでどうしましょう?」
「全部、机に広げておきなさい。こちらが終わったら、まとめて乾かす」
……乾燥も魔法かぁ。
所長は何度か同じ工程を繰り返していたが、無事、濃度の調整が終わったようだ。後ろを振り返り、机の上に葉を広げてあるのを確認して「よし」と、頷いた。
わたしは魔法が見える位置に移動し、魔法をじっくり観察。
と思ったのだが、所長は広げてあった葉に手をサッとかざして、あっという間に葉を乾かしてしまった。
……はやっ。
「これをエタノールに漬け込むんだったな?」
「はい。花の場合は二、三日したら原液の完成です。葉のみの方は一節程かかると思います。原液をろ過した物をハチミツと混ぜ合わせて、化粧水は完成です」
おばあちゃんと何度も作った、お手製軟膏の下準備。
この待ってる時間が、ワクワクするのだ。
調整したエタノールと花を容器に移し終える。
容器の蓋を閉め、所長は目を閉じると、容器を両手で包み込むように持った。
……もしかして。
所長が何やら呟くと、手の周りが淡く光る。
すると、どんどん容器内のエタノールの色が変化していった。
……うわぁ~、寝かせる必要もなかったかぁ。
「こんなものか。どれ、そちらもやるか」
「どうぞ、どうぞ」
葉だけの方も、同じような作業を施す。
机の上には、少し濁った淡い液体と、ドクダミの色が濃く出た茶色い液体。
二つの原液が、短時間で出来上がってしまった。
煮沸消毒したそれぞれの瓶に、原液をろ過した液体を注いでいく。
前世では時間的に大変だったが、なんともあっさりと出来上がってしまった。
「ハチミツは混ぜなくてよいのか?」
「ハチミツは混ぜると保存期間が短くなるので、小瓶に使う前に投入して混ぜるか、使う分だけ混ぜると持ちがいいです」
「では、少し使ってみるか」
所長は使う分量をさじに出し、微量のハチミツと混ぜ合わせる。
……今、手が光ったような?
「手を出しなさい」
……そこは、わたしなのね。
わたしの手の甲に化粧水を塗り、反応を確かめる。
……スースーも、ヒリヒリ感も無い。
薄く伸ばしてみたが、会長の奥さんが使っていた化粧品よりも伸びがよく、しっとりとして保水成分もバッチリな気がする。
……これ、イケるでしょ?
「毒性はないから、少し早めるぞ」
……早める?
ハテナマークのわたしを気にせず、所長はわたしの手の甲に自らの手を重ね「成長、促せ」と、呟いた。
手が光に包まれると、ぽかぽかじんわりと手の甲が温かい。
「おぉ~」
「うむ。肌は荒れてはいないな。成功だ。こういう作り方もあるのか……」
……パッチテストも短縮したのね。
「その容器は、そのまま持ち帰りなさい。私はこの小さい方でよい」
「いいんですか? せっかくの原液ですよ?」
「かまわん。私の場合、たいして時間はかからん。だが、君たちの場合はそうもいかんだろう?」
……それはそうだけど。
「実験の駄賃だ。良い結果だったからな」
ふっと笑った所長は、珍しく上機嫌なようだ。
……楽しそうだから、断らないでもらっておくか。
「ありがとうございます。でもこれ、どう運びましょう?」
「ジークに頼んで、商会の倉庫にでも運んでもらいなさい」
……おぉ、至れり尽くせり。
「ルルーナ、この化粧水は、ぬか石鹸の比ではない。もし、商品化する場合は後に起こる影響を十分に考慮しなさい」
所長は、先程とは違う真剣な表情でそう言った。
これは帰って会議が必要そうだ。
この化粧水作製でわかったのは、魔法は非常に便利だということ。
そして、所長は実験好きだということだ。
きっと、未知の新しい実験をするのが好きなのだろう。
しかし、間違ってもノックスと共同作業をさせちゃいけない。
……混ぜるな危険レベルだね。




