32話 化粧水と研究マニア ~魔法はズルい2~
所長の圧が増した。
それは、わたしでもすぐにわかるほど。
所長相手なら、隠すことでもない。
ここは説明してしまってもいいだろう。
このままでは、わたしの心がもたない。
「ざ、材料があれば」
「他には何が必要だ?」
……なんで、こんなに食いつきが良いんだ。
「エタノール、グリセリン、水だったかと……」
「エタノールにグリセリン?」
グリセリンは、オリーブ油か蜂蜜で代用が可能だったはず。
エタノールについては、わたしが前世で使ったのは入手が容易だったホワイトリカーだ。
草むしりをしてかぶれた腕に、おばあちゃんの手作り軟膏をよく塗ってもらった記憶がある。
この世界にはあるのだろうか。
なければ、消毒用や無水エタノールを水で割ればよいのだが……。
……消毒用ってたしか、商会のお店で見たような。
「グリセリンの代わりは、オリーブ油か蜂蜜で大丈夫です」
「ふむ、それは問題ない。エタノールとは?」
「別の言い方だと、酒精とかアルコールとか」
少し間があって、所長の眉がぴくりと動いた。
「消毒液や酒に含まれる成分か?」
「それです」
……濃度の説明をどうすればいいんだろう?
「あれを使うのか? 強すぎると逆に肌が痛むのではないか?」
「そうなんです。濃度的には3割から4割ぐらいの濃度で……う~ん、説明が難しいです」
所長は顎に手を当て、少し考え込んだ。
「……ルルーナ。私の手を握って目を閉じ、君が学んだエタノールの作り方の記憶を思い浮かべなさい」
「ほぇ?」
所長は、わたしが手を握ると囁くような声で「繋げ、伝えよ」と小さく呟く。
しばらく、目を閉じて待っていると「もう、よいぞ」と、声が聞こえた。
「大体は理解した……杞憂だったな」
……理解した?
「えっと、なにしたんですか所長?」
「君の見た記憶を、私にも見せてもらったのだ。君の世界の言葉が理解できるのか心配だったが、君が理解してさえいれば文字や言葉も問題無さそうだ」
……それを最初からやればいいんじゃ?
「それを使えば早くないですか?」
「気分的に、あまり使いたくないのでな」
所長は「やれやれ」と軽く首を振り、納得していないわたしに理由を教えてくれた。
本来は犯罪の共犯者を探し出す時や、犯罪の目撃証言などを精査するために使う魔法らしく、滅多に使う機会はないのだという。
相手との波長が合わなければ使えないし、使う条件も難しい魔法だそうだ。
わたしとは念話が通じるので、波長は合うとわかってはいるが、わたしの場合、異世界での記憶だ。
わたしの目や耳を通した文字や言葉が、そのまま理解できるかが問題だったようだ。
「使わないに越したことはないのだがな。本来、犯罪者にかける類の魔法だ」
……犯罪者にかけるような魔法を、一般人に使いたくないのかな? 便利だから、使ってもいいのになぁ。
「便利そうだし、わたしは気にしませんよ?」
「……はぁ」
……なぜ、ため息を。
それにしても、たった数分。
エタノールを説明した記憶の映像だけで理解してしまうなんて、やはり頭脳が違うのだろうか。
……恐るべし。
「しかし、あの説明をしていた女性はなんだ? 実験をする姿にも見えなかったが、抽出する手際も酷かったぞ」
動画内のお姉さんに文句を言わないでほしい。
あれは、カンペを見て説明するだけの科学のお姉さんだ。
「まぁまぁ、わかったんだし」
「最後の奇妙な生物もだ。なんだあの黄色い熊のような魔物は……言葉を喋っていたぞ。理解できん」
……それ、番組マスコットのガックンです。
黄色い熊のような体型で、お腹に黒い雷のマークを横にしたような模様。
さらに頭には避雷針が刺さっているという、なかなか奇抜なマスコットだ。
所長は納得がいかないのか、眉を寄せている。
どうやら、お姉さんの実験に対する姿勢とマスコットのガックンが、お気に召さなかったようだ。
「では、行くぞ」
……はい? 今からですかっ?




