6話 夢 ~知った痛みと支える想い~
ノックスから貴族の成り立ちや、魔法があること……わたしの知らなかったことを色々と知れた。
だが、それにしてもと思う。
わたしの知っている貴族社会とは、だいぶ違うと感じた。
魔法がある時点で完全に別物なのだが、まるで貴族は物語の英雄的な存在に思える。
……貴族に感謝ねぇ……神様の恵みには感謝はしているけど、食事の時のお祈りは貴族にもしないとだめかこれは?
「古い文献には神の使徒のような書かれ方だったよ。今とは違う気がして、僕なりに色々と調べたんだ」
「え~と、今と違う? どんなところが?」
「貴族の行い自体は変化が少ないようだけどね。今の平民は、対価として仕事に従事するというよりは、自分たちが日々を生き抜く為に、必死で仕事をしているように感じるんだ」
先程の話から厳しそうな社会だと感じていたが、まだ仕事をしていないからか、わたしには、いまいちピンとこない。
わたし自身、現代の生活と比較してしまい、普段からいっぱいいっぱいなのだが、この世界の人々も違う意味で必死なのだろう。
「昔と違い、時代と共に貴族と平民の関係は変化しているんだ。過去には、その権力を使って平民を奴隷扱いしていた時期や、強制的に自由を奪ったりと、それなりに、ね。今も貴族は平民を斬り殺しても、ほとんど罪にはならないからね」
「うぅ……それは」
……貴族こわぁ~。
「昔は支え合っていた関係も、今は完全に壊れているようにしか思えてならないんだよ僕は。貴族に逆らうな! ってね。貴族と平民は違う世界に住んでるように見えるね」
ノックスの口調は穏やかだが、握った拳には力が込められている。きっと思うところがあるのだろう。
……前半だけなら、神々に選ばれた守護者みたいなのに……後半は、わたしもよく知っている悪い貴族そのまんまの印象だね。よくこれだけ調べたね。お兄ちゃん。
「ちょっと関係ない話もしたけれど、そういう理由で、騎士にはなれないってことなんだよ。僕らは平民だ。魔力もない。魔力を身に付けることはできない。騎士を目指すのは無理なんだ。むしろ、貴族に反感を買わないように、うまく生きるしかないんだ」
わたしのよく知っている騎士とは違うようだ。
なにか功績を上げて、取り立てられることはない。
貴族と平民の違いが魔力の有無では、どうやっても平民は貴族になることは無理だろう。
……魔力は身に付くことはないのか。お姉ちゃんは、去年、お父さんから聞いたって……もしかして……。
泣いているエステラを見るのは初めてだったので、今もよく憶えている。
一年近く前、わたしは夜中に小さな声がして目を覚ました。
横目でチラリと見れば、隣のベッドで一人、顔をくしゃくしゃにして、わたしを起こさないように、必死に声を押し殺して泣いているエステラの姿を。
……当時は、お手伝いの失敗かな? それにしてもと思っていたけど、きっとこれだったんだ……。
あんなにキラキラした目で、飛んでいく騎士を見ていたエステラだ。
これを知った当時のエステラはきっと――。
考えただけで、ググッと胸が締め付けられる。
エステラのひまわりの様な笑顔を思い出す。
嫌な顔ひとつせず、暇さえあれば、元気いっぱいで遊んでくれる。
手伝いにしても、どんなことにも一生懸命で努力を欠かさない。わたしのお手本だ。
そして、何時もわたしを庇って守ってくれる……今日だって、ずっと気を張って守ってくれていた。
わたしには勿体ないぐらい、最高の姉。
……何か力になってあげたい。
「ルル……」
「お兄ちゃん?」
ノックスが椅子から立ち上がり、優しくわたしの頭を撫でた。
「ルルは賢いし、とても優しい子だね」
そう言って、ノックスがポケットから取り出したハンカチでわたしの目元を丁寧に拭った。
……あれ? わたし泣いてる?
わたしは、いつの間にかポロポロと涙を流していた。
エステラの夢が絶対に叶えられないことがわかってしまって、我慢しようとしても、涙が溢れてくる。
騎士なら、努力次第でなんとかなるんじゃないか、などと思っていたけれど、今の話で理解した。
理解してしまったから、どんどん悲しくなってきた。
ただの制度の一言が、刃みたいに胸に刺さった。
……なりたくても、絶対になれないなんて……。
力になれない悔しさと、どうにもならない悲しさで、涙が零れる。
……泣いちゃだめ。
そう思ったのに、目の奥が熱くて、視界が滲む。
なんでこんなに胸の奥も熱いんだろう……。
悔しいよ……。
わたしの心は急にどうしてしまったのか。
心は酷く不安定で涙が止まらない。安心できる場所を探すように、ノックスの腕にグッとしがみついて泣いた。
ノックスが空いている方の手で、わたしの背中を優しく擦ってくれて、少しだけ気持ちが落ち着く。
しばらく腕にグーッとしがみついて泣いたことで、だんだんと気持ちも落ち着いてきた。
わたしは「もう、大丈夫」と、ニコッと微笑んで、ノックスの腕から離れる。
……ごめんね、お兄ちゃん。部屋着汚しちゃった。
「……平気かい?」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
だいぶ落ち着いたわたしは、自分の椅子に戻ったノックスを見て、ふと疑問に思う。
……でも、お兄ちゃんはなんで諦めたの……お兄ちゃんの夢は、まだ絶対無理ではないはず。
「なんで? って顔しているね」
「えっ?」
……わたしって顔に出やすいのかな? お母さんにもすぐバレるし。
「僕の夢を、まだ言ってなかったね」
「ずっと研究していることじゃ……」
……夢じゃないの?
ノックスがゆっくりと首を横に振る。
「僕の夢は妹の夢を叶えることなんだ。当時、貴族は怖いとしか教えられていなかった僕も、ステラのことは納得出来なかった。それで、色々と調べたけれど……結局、わかったのは絶対に無理ということだけ」
……あぁ、それで貴族の資料を色々と調べて……だから、諦めたんだ――お兄ちゃんも。
「大丈夫だよルル。僕は理解している。当時を思い出して、少し辛い時もあるけど、気持ちは前を向いてるさ。もちろん、ステラもね」
「お姉ちゃんも?」
「最近よく思うんだ。騎士に夢や憧れを持っていたのは本当だと思う。でも、ステラの本当の夢は違ったんじゃないかって。ある日、父さんが落ち込んでいたステラを連れ出して森へ行った時、何か話したんだろうね。次の日、いつものステラに戻っていたから」
……お父さんすごい。何を言ったんだろう。でも、お姉ちゃんが元気ならいいか。それに、夢を諦めたわけじゃなかったんだ……。
「僕も、ステラが何かを見付けたのなら頑張らないとね。それに……」
「それに?」
「僕の妹は一人じゃない。ルルもいる。僕の夢はまだまだ、これからさ」
両手を広げ、胸を張ったノックスの姿を見て思う。
ずっと兄姉のことを、肉体的にはわたしの方が小さいけれど、前世の過ごした経験から、まだまだわたしのほうが大人だと思っていた。
しかし、わたしが思っていたよりも、ずっと強く逞しい。むしろ、わたしの方が子供っぽい。
この世界の平民とは、そうまでしないと生きて行けない環境なのかもしれない。五歳から労働力として数えられることからも、わたしの認識がまだ甘かったことを痛感する。
……わたしも頑張らなきゃ。
「そういえば、ルルの夢はなんだい?」
「うん? わたしはお金持ちになって、引き籠もってダラダラ生活がしたいなぁ……」
目を剥き、口を開けて「えっ?」と、ノックスの動きが完全に止まった。
……やばっ! さらっと聞かれたから、勢いで答えちゃったよ。
思考停止から復帰したノックスが「くっ……その答えは予想していなかったよ」と言いながら、笑いをこらえた。
「だ……だめかな?」
「い、いや……まだ初日だし、これから沢山のことを見てから、決めても良いと思う。まさか、もう夢が決まっているとは思ってなかったよ」
口を抑えながら「それにしても……くっくっ」と、ノックスが再び笑い出した。
……やっぱり、わたしの方が子供っぽい。いきなり笑われるとは……もうちょっと格好いいこと言いたかったなぁ……。
「あっ、夕食の準備のお手伝いしなきゃ」
わたしは恥ずかしさのあまり、逃げるようにひょいっと椅子から降りると、ノックスの部屋から退散した。
子供部屋に寄って、作業用の小さな前掛けと三角巾を手に取り準備を整える。
……夢かぁ、せっかくなら前世では叶わなかった夢……物の怪の類はちょっと怖いけど、妖精やら精霊さん、神様にも会ってみたいなぁ。
まだ顔が熱い。わたしは顔のほてり具合を確かめながら、そんなことを考えていた。
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