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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
序章    厳しい現実と小さな一歩

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5話   夢 ~揺れる心と社会の不条理~



 本当に予想外だ。

 まさか最大の難所がここだとは、出発前は全く思っていなかった。


 初めてのお使いは、とても順調で大成功と言っていいものだった。

 はぐれて迷子になることもなく、基本的な知識を得て、家族以外の人とも知り合えた。

 

 しかし、最後の最後でやらかしてしまった。

 それは、三の鐘が鳴る前には帰るというお母さんとの約束を破ってしまったのが原因なのだ。


 家の前まで来たのはいい。だが、なかなか足が玄関の入り口に向かおうとしない。

 わたしとエステラは先程から難しい顔をして、家の前で立ち尽くしている。


 ……うぅ、寒っ! 家に入りたいけど……どうしよう。


 玄関の扉が遠く感じる。

 入りたいのに、入れない。

 

 エステラの方に顔を向ければ、わたし以上に緊張しているようだ。

 おそらく、出発前に「任せて!」と言っていた手前、わたしよりも責任みたいなものを感じているのだろう。


 普段は温厚で優しいお母さんだが、約束を破ったり嘘をつくと怒られる。

 笑顔のまま怒る。しかも、お説教は長くみっちりと絞られる。

 家族の中で一番怒らせたくない相手なのだ。

 

 エステラも、今まさに同じことを考えているはず。


 大きく息を吸って何か覚悟を決めたような目をしたエステラが、わたしをじっと見た。


「いくよ? ルル」

「うん。お姉ちゃん」


 最後の戦いに挑む物語の主人公のような覚悟で、エステラの手を握り、足を一歩踏み出す。


 ……い、いくぞぉ!


 扉の前に立つと繋いだ手に自然と力が入る。体中も緊張でガチガチだ。

 扉を開けようとエステラが手を伸ばしかけたそのとき、なんと家の扉が内側から勝手に開き、中から笑顔のお母さんが現れた。


「あらあら、帰ってきたのね。おかえりなさい。寒いから早く入りなさい。ご飯もすぐできるから、着替えたら席に着いて待っててね」


 そう言ってニコリと笑い、お母さんは台所の方へと姿を消した。

 いつものお母さんだった。


 ……怒ってない?


 これは何かの罠だろうか? まさかの奇襲。

 エステラも目を丸くして動かない。

 我に返ったわたしは、エステラの上着の袖をくいっと引っ張る。


「お姉ちゃん……中に入ろうよ」

「あっ、うん。大丈夫よ……わたしは大丈夫」


 ……お姉ちゃん、右手と右足が一緒に動いてるよ。


 上着を脱ぎ、いつもの席に着くと、エステラがささやき声で「何で?」とか「どうなってるの?」と俯いて何やら言っている。まだ、動揺から立ち直れないようだ。


「ルル、気を付けて。油断しちゃだめだからね」


 ……お姉ちゃん、大丈夫そうだよ?


「できたわよ。いただきましょう」


 お母さんが出来立ての料理を机に並べ、お祈りを済ませる。

 熱々の湯気が立ちのぼり、美味しそうな香りが食欲を誘う。家族みんなが好きなポリニーのシチューだ。


「母さん、ごめんなさい……約束を守れなかった」

「お母さん、ごめんなさい。三の鐘、鳴っちゃった」


 食事には手を付けず、俯いたままのエステラがそう告げると、わたしは顔を上げてお母さんを見ながら、一緒に謝る。


「二人はそれを気にしていたのね。別に怒ってないし、気にもしてないわ」


 「えっ」とエステラが顔を上げ、目を見開いてお母さんを見た。わたしも「はぁっ?」と唖然となる。

 言われてみると、先程からお母さんが怒っているようには、全く見えない。


「今日は初日よ。ルルーナは歩くのも遅いし、見たこともない物が多くて色々と質問もしたのでしょう? あれもこれも説明していたら、遅れて当たり前じゃない。それに、お父さんとの話もあったでしょう」


 本当になんとも思ってない様子で、お母さんが笑った。


 ……ふぅ~。よかった。怒られなくて済みそうだよ。


「違うの。ルルのせいじゃなくて、わたしが話込んじゃって遅れたんだよ」


 エステラの言葉を聞いて妹を庇っているのがわかったのか、お母さんが嬉しそうに「じゃぁ、今度はちゃんと守りましょうね。さあ、温かいうちに食べましょう」と言って、食事を勧めた。


 ……ごめん、お姉ちゃん。わたし油断してたよ。


 約束を破った事実は変わらない。エステラが責任感の強い子で助かった。

 わたしなら「うん」と、甘えていたかもしれない。

 お母さんの言葉に甘えていたら、怒られていた可能性がある。


 そんなことを考えていたら、お母さんが一瞬だけ目を細めて微笑んだ。


 ……あ、数秒前のわたしなら、アウトだ! 考えが読まれてる? 


 

 食事をしながら今日の街の様子や店での会話、教会でレンと出会ったことなどを話し終える。


 食事を終えたエステラが食器を片付け、「孤児院に行ってくるね」と上着を着て出ていった。


 きっと、悪ガキの件だろう。


 ……ちゃんと、五の鐘までには帰って来てね。お姉ちゃん。



 ◇ ◆ ◇



 今日は洗濯がないので、夕方まで字の読み書きの勉強だ。

 それを終えたら、今度は夕食の準備のお手伝い。

 この世界の五歳児は、色々と覚えなきゃいけないことが多くて大変だ。


 わたしの場合、もうほとんど読み書きはできる。読めないのは専門的な単語ぐらい。

 ここ最近は、ノックスが店で書き写した紙の束を読んで過ごしている。

 一般的な雑貨や道具など、商品のカタログみたいなものだ。ちゃんと絵まで丁寧に書き写してある。


 ……洗濯板とか簡単に作れそうだけど、この世界には流通しているのかな? あとは水汲みが大変だからポンプとか……これはお兄ちゃんのお店の見本っぽいし、他のお店にはあるのかな? やっぱり、聞くか直接見ないと駄目かぁ。



 四の鐘が鳴って少し経った頃、ノックスが帰宅した。

 字の勉強のついでにわかる範囲で聞いてみようと、わたしはノックスの部屋の扉を叩いた。


 数日ぶりに入る部屋の中は相変わらず綺麗に整っており、棚には試行錯誤の途中のような物や、机の上には何かを調べる器具だったりと色々置いてある。


 ……あれは紙? もしかして、カレンダー? 前に来た時はなかったよね。


 ノックスが用意してくれた椅子に、ひょいっと腰掛ける。


「さあ、どうぞ。わからない単語でもあったのかい?」


 わたしが棚の紙に興味津々なのがバレたようで「触っても大丈夫だよ」と、ふっと笑ってノックスが紙を手に取った。


 ……お兄ちゃんって設計したり、調べたりするのが好きなのかな? まだ、聞いたことなかったなぁ。


「ルル。実はこれ……材料は植物なんだ。凄いだろう!」


 ……うん。大好きみたいだね。もう目が子供みたいにキラキラしてる。そういえば、まだ十二歳だったね……大人びているから、忘れがちになるけど。


 熱心に紙の魅力を説明されたわたしは、軽くノックスの熱にひきながらカレンダーのことに話題を変えた。


「よく聞いてくれた! これを僕は予定紙って名付けたんだけど、こうやって……」


 目をさらに輝かせて、ノックスが説明していく。身振り手振りを交えながら止まる気配がまるでない。


 ……これは失敗したかも。お兄ちゃんの目が眩しいよ。


「お兄ちゃんが考えた物が売れたら、お金持ちになれそうだね」


 何か言葉を間違えたのか、ノックスの表情が少し曇った。


「それは……」


 どうやら発案自体はお金になるが、その後は商会が物を作り販売するため、一度きりの収入になる。

 発案だけでは次々に商品を考えなければ、安定した収入は期待できないそうだ。


 ……それは困るなぁ。


 個人で独立すれば個人商店として品物を独占できるため、多くの商人は見習いのうちから勉強し、店を持つことを目標にしているらしい。

 研究はあくまでノックスの趣味で、他の商人は滅多にしないそうだ。


「日々の生活がかかっているからね。研究して形にするだけじゃ厳しいよ。すぐに真似されちゃうんだ。かといって、真似できないような物を作り出すためには、商会に所属するのが普通だね。時間がかかるからさ。考えている間に生活費がスッカラカンさ」


 そう言って、ノックスは予定紙をひらひらさせ、肩をすくめた。


 ……なるほど、研究したいと引き籠もる作戦は無理っぽいなぁ……。


 やはり経営者にならないと駄目そうだ。

 生活費が湧いてくるわけないので当たり前なのだが。


 ……お兄ちゃんは商人になるより、やっぱり研究したりする方が好きなのかな?


「お兄ちゃんも、やっぱりお店を持つのが夢なの?」

「うーん、研究したり発見することの方が好きだけど、それだけじゃ生活がねぇ……。店を持つのは夢というより、生活のためかな……」


 ……やりたいことだけで生活できるほど、甘い世界じゃないか。まだ十二歳なのに、しっかり現実を見てる……凄いね、お兄ちゃん。この世界だとこれぐらい考えてるのが、当たり前なの?


 ノックスは「あっはっは」と笑っているけれど、一瞬だけ悲しい目をしたのをわたしは見逃さなかった。どこかで、あの目を見た気がする……。


 ……あぁ、そうだ。


 エステラと同じ。

 ノックスも何かを諦めている。そんな気がしてならない。

 この世界はわたしが考えているよりも、厳しい社会のかもしれない。


 ……そういえば、騎士はなんで無理なんだろう?


 あの時はエステラに直接聞けなかったが、気になっていた騎士のことを思い切って聞いてみる。


「そういえば、お兄ちゃん、街で騎士を見たんだけど……」

「ああ。ルルは天馬を見たんだったね」

「その時にお姉ちゃんは、騎士になるのは無理って言ったんだけど、何で?」


 ノックスは少し考える素振りをして眉尻を下げる。少し悲しそうに見えるのは、どうしてだろうか。


「そっか。ステラは去年、父さんから聞いたからね……」

「難しい理由があるの?」

「すごい単純な理由だけど……騎士になれるのは貴族だけだからだよ」

「貴族だけ?」

「そっか、ルルはまだ貴族を知らないからね。そこから説明するよ」


 ノックスは真剣な表情で「僕も貴族社会のことは、あまり詳しくないけれど」と前置きして、知っていることを話してくれた。


 ノックスが参考にした古い資料によると、かつて人々は神々から魔力という力を与えられ、その中でも特に強い力を持った者たちが指導者となり、人々を導いたそうだ。


 ……魔力? それって魔法があるってこと!?


 ある時は神器という神の与えた宝具や魔法の力を使い土地を富ませ、またある時は、厳しい自然環境や魔物などの外敵の侵入から結界で民を守り、人々の暮らしを支えたらしい。


 ……神々に神器かぁ。神様がいるんだね。魔物は怖いけど。


 そうした中、魔力を持たない者たちは指導者に感謝の意を示し、労働力を対価として様々な仕事に従事するようになったのだとか。


 これが今の貴族と平民の原型らしい。


 わたしは平静を装ってはいるが、魔法がある世界と聞いて貴族のことなどそっちのけで内心すごく歓喜していた。

 しかし、すぐに自分には使えないとわかってガクッと落胆する。


 ……平民は魔法が使えないだとぉ……。う~ん、習ったりできないのかな?


 神様がいて、魔法があり、魔物が存在する世界。

 これはもう、小説などで目にするファンタジーの世界そのものだ。


 ……だったら、妖精とか精霊もいるよねきっと。


 どうせ出会うなら悪魔じゃなくて、妖精か精霊がいい。

 それに妖精や精霊なら魔法を使えるのではないだろうか。


 ……待って……なら、妖怪もいるんじゃない? 見上げ入道とか! 一緒に見上げたい……。


 わたしが一人で妄想している間も、ノックスの話は続いていた。








ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!


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「続きはどうなるんだろう?」

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と思いましたら

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