23話 風邪? 〜体調不良じゃ済まなかったみたい3〜
エステラの目は誤魔化せなかった。
足元がおぼつかないわたしの手をぎゅっと握り、連れ立って部屋を出る。
ラウルに説明をしている間、わたしに無理をさせてしまったんじゃないかと、自分を責めていなければいいが……。
工房を出ると、辺りは随分と日も落ち暗くなっている。
ラウルも「もう、暗いからな」と、北門に続く大通りまで送ってくれるようだ。
目つきは悪いが、なんだかんだと気遣いができる男だ。
ちょこちょこ聞こえる三人の会話に耳を傾けながら、見やすくなった星空を見上げて手を引かれるまま歩く。
「……にしても、ノックスもすげえなぁ。その洗濯板ってのも」
「兄さんも、日頃から色々と考えてるからねぇ……」
「そうね。今日もノックスは商会の中をひっきりなしに動いてたわね。好きでやってるから、止める気にもならないけど……」
……お兄ちゃんの忙しさは、わたしのせいなんだけどね。
聞こえてくる会話に少し罪悪感を覚えた頃、遠くからガタガタと車輪の音が近付いて来る。
急いでいるのか、動物の蹄の音も忙しなく聞こえる。
……馬車を牽引してるのって、タルタニしか見たことないなぁ。
気になったので振り返ると、そこにはタルタニではなく、がっしりとした軍馬のように大きな馬が、雨避け付きの荷馬車を引いていた。
……うわぁ~、あれは大きいなぁ~……つか、スピード出し過ぎじゃない? 危ないよね。
馬車がすれ違える幅があるとはいえ、かなりの速度が出ている。
一歩間違えれば、大事故に繋がるだろう。
近づいてくる荷馬車を見ながら、どこの大馬鹿者だろうと御者台を見れば、二人の人影が見える。
目を凝らすと、手綱を握っている者とは別の者が、前方を指差しているのが分かった。
進路の先に人がいることに気づいたのだろうか。
先程よりも、馬車の速度が落ちたようだ。
……そうそう、人がいるんだから、ゆっくりお願いします。
冷たい風が吹き抜けた道の先へ視線が移る。
街の灯りが微かに揺らめく大通りを見て思う。
……初日以外は大通りを歩いていないなぁ。
裏道を覚えるために、倉庫への行き帰りも裏道だ。
そっちの方が近道なのもあるが、大通りを歩いてみても良いかもしれない。
色々と新しい発見に出会える可能性が大きいはず。
ぼぉーっとした頭で考えていると、馬車の車輪の音が近くから聞こえてきた。
先程の馬車だろう。
馬車は街の見慣れた風景の一部として、わたしたちの近くを通り過ぎるはずだった。
しかし、馬の前足が跳ね上がり、わたしたちの目の前で馬車は突如として急停止した。
「えっ――何っ!」
バンッと馬車後部の扉が勢いよく開き、その中から男が飛び出してきた。
「きゃっ、痛ったぁ~」
ドンッと鈍い音とともに、わたしの後ろを歩いていたアイナを突き飛ばし、わたしの腕をギィッと力強く掴んだ。
「なんなの――痛っ!」
男はグッとわたしの腕を引っ張りエステラから引き離すと、そのまま抱き上げた。
わたしは乱雑な動きと急な浮遊感のせいで、目眩と吐き気が酷い。
ジェットコースターよりもひどい揺れと、ぐるぐると回る視界のおかげで、色々とヤバい状況だ。
……うぅ、吐きそう。
「アンタらなんなのよっ!」
「おいっ! 道の往来でよくもまぁ、堂々とっ!」
エステラとラウルが激昂し、男に掴みかかろうと腕を伸ばすが、男は片手で払い除ける。
男は二人の抵抗を邪魔に思ったのだろう。
マントで隠れていた剣の柄に手を添えるのが、わたしには見えた。
……斬るつもりなの? ――こんな往来でっ!?
「だめぇぇぇ~っ!」
わたしは意識が朦朧としている中で精一杯大きく叫ぶと、再度飛び掛かろうとしていた二人の動きが止まった。
男も耳元で騒がれたせいで、一瞬たじろぐ。
だが、すぐに持ち直し、わたしを馬車の中にポンッと放り込むと、ピューっと口笛を吹いた。
その口笛に呼応するように鞭を打つ音と馬の嘶きが聞こえ、馬車が急発進した。
……痛っいなぁ! くぅぅ~、頭がガンガンする。
強く側頭部を打ったせいか耳鳴りも酷い。
顔を上げて見渡せば、男が扉を開けて後方を気にしている。
そのおかげで、僅かに大通りの街灯の灯りが差し込んでいる。
それを頼りに、わたしは何か使えそうな物を必死に探す。
……よく見えないなぁ。
「チッ、しつこいな」
どうやら馬車の外ではエステラたちが追いかけているようで、ラウルの「人攫いだぁ~」という大声に、苛立った男の舌打ちが聞こえた。
わたしは男の後ろ姿を見ながら、ガタガタと揺れる車内でどうしたらよいかと混乱して、考えがまとまらない。
ふらつく足で立ち上がろうとした時、ガンッという何かを引っ掛ける硬質な音と同時に「ルルっ!」と、エステラの切羽詰まる声が聞こえた。
なんと、馬車に追いついたようだ。
……はぁっ!? ――馬車に追いついたの?
「なっ――」
「妹を返せぇぇぇっ!」
「クソガキがっ!」
慌てた男は、荷台に手を掛けて這い上がろうとするエステラを、声を荒らげて蹴り飛ばした。
ドスッ! という鈍い衝撃音がして、肩に蹴りを受けたエステラは、速度を上げて走る馬車から宙に勢いよく放り出された。
……嘘っ!! だれかっ! お姉ちゃんをっ!
視界が霞む中、意識が飛びそうなのをグッとこらえ、声にならない叫びを上げた時、誰かがエステラを抱き留めたのが見えた。
……ふぅ、ラウル! ナイスキャッチ!!
願いが通じたらしい。
地面ギリギリ。
間一髪でラウルが間に合ったようだ。
わたしは安堵すると、ふっと気が抜け、意識はそこで途絶えた。




