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私の秘密は増えてゆく ~この幸せを守るため――だからわたしは仮面をかぶる~  作者: 月城 葵
二章    少女と暴かれる秘密

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46話  噂の出処 ~影のない商会~


 嫌な予感ほど、当たるものらしい。


 肩の上で震えた精霊を思い出しながら、報告会のあと、わたしは講義室で所長を待つ。


 いつも通りの講義の時間だ。 

 しかし、今回は少し違う。


 わかっていたというか、やっぱりなといった感じだ。

 その予感は、あっさり現実になった。



 ◇ ◆ ◇



 ……みんな、緊張でガチガチだよ。



 目だけで周りを見渡せば、急遽集められた数人の役所の事務方の人たち。

 青い顔で、ガチガチに緊張しながら、所長の講義を受けている。


 ……くぅ~、筆の音だけで震えてるのがわかっちゃうよ。


 この人たちは生きた心地がしないだろう。


 ……わたしのせいです。すみません。


 わたしは心の中で謝罪した。


「六番、答えよ」


 所長の声が冷ややかに響く。

 わたしに対する口調ではなく、完全に貴族モードの所長なのがわかる。


 講義室には青ざめた数名の役人。

 今日は名前ではなく、配られた番号札で呼ばれている。


 ……六番って、わたしじゃないかっ! え~、なになに……。


「はい。大銀貨二枚と銀貨三枚です」

「……よろしい」


 ただの足し算、引き算だ。


 さすがにこれは解けないと、あとで何を言われるかわかったものではない。

 だが、周りの感想は違うようだ。「すごいな」や「あんなに早く」と、ヒソヒソ声が聞こえる。


 ……それほどでもぉ~。


 所長の冷ややかな目がわたしを射抜く。


 ……調子に乗りました……はい。


「次、二番答えよ」

「う、あ……え~っと、銀貨……三枚と大銅貨……一枚? です」



 ……所長、その間が怖いですよ。


「……よろしい」

「ふう……」


 明らかに、一問答える毎に、みんなが疲弊しているのがわかる。

 そのうち倒れる人がいるのでは、と内心ひやひやものだ。



 結果から言えば、誰一人脱落者はいなかった。

 必死に食らいつく役人の意地を見た気がした。


 講義が終わり、所長が退出すると周りから安堵の声が聞こえる。


「はぁ……死ぬかと思った」

「俺なんて、目が合っただけで心臓が止まりかけたぞ……」


 なんだろうか、まるで死地から生還した兵士みたいだ。

 そんな感想を抱いていると、みんながわたしの周りに集まってきた。


「いやあ~、それにしてもすごいですね」

「あんなに早く解答できるなんて、ほんとに優秀なんですね。お嬢様」


 ……お嬢様!? そうか、普段、裏方だからわたしのこと見てないのか。


「お、お、お嬢様は所長とどんな関係――どのようなご関係なんでしょうか?」


 ……やばい、なんか勘違いされてる。どう答えよう。


「そうですね……あまりこういう場でそのような質問はされないほうがよろしいかと。少なくとも、今この場所では皆様の同僚という立場でございます」


「おぉ~、なんと寛容な。ご配慮ありがとうございます」

「自分も計算が上達するよう日々精進します」

「俺もやるぞぉ~!」

「「「ありがとうございます。お嬢様」」」


 ……声を揃えてお礼を言われちゃったよ。


 基礎はしっかりできている。

 やる気になったのはいいことだと、わたしはそそくさとその場を退散する。


 扉を開けて講義室を出たところで、帰りの馬車を用意し待機していたジークが会釈した。


「お迎えに上がりました。お嬢様」


 先程の会話をしっかりと聞かれていたらしい。

 頭を下げるのと同時に、軽くウインクされた。


 ジークがするとやたら絵になる。

 茶目っ気たっぷりの素敵なおじさまだ。


 歩きながら先程の返事はあれで大丈夫だったのか、ジークの意見を聞いてみた。


「良い判断でした。お嬢様は事実を言っただけですので。平民の無礼にも寛容な貴族のお嬢様と、勝手に勘違いしているのは相手方でございます。むしろ、変なちょっかいを出されずに済むので、このままでよろしいかと」


 ……へぇ~、なるほどねえ。



 ◇ ◆ ◇



 後日。

 疲れ切った顔をしていたノックスに笑顔で送りだされ、わたしはお父さんとともに役所へ向かう。


 ……休みなんだし、ゆっくり休んでね。お兄ちゃん。


 講義室に向かう際に、昨日一緒に講義を受けた役人たちに出くわさなかったことに、少しほっとする。


 ノックをして講義室に入ると、時間前だというのに報告が始まっていた。


「おはようございます」


 所長は、入室したわたしを見て軽く頷く。

 これは席に着けということだろう。

 わたしは会話を遮らないよう、静かに着席する。


「……以上です。やはり、この商会の足取りを追うのが最優先ではないかと」


 どうやら、行方不明らしい東地区の住民についての報告だったようだ。


 捜査線上に浮かびあがった謎の商会と幽霊商人。

 怪しいことこの上ないのだが、なんら証拠が掴めていないのが現状だ。


 「……それで、噂の広まり方はどうなっている?」


 所長の低い声が室内に落ちた。

 無駄のない言葉でありながら、有無を言わせぬ重みがある。


 トランは帳面をめくりつつ答えた。


「はい。確かに妙な商人と取引をしたという証言はありました。しかし……どれも酒席のあとでして。酔いが回っていたためか、話の細部は食い違いばかりで……人物像を一つにまとめることができません」


 ……ただでさえ不確かな証言が、酔っていたとなるとさらに信憑性は下がるよね。


 わたしは思わず唇を噛んだ。

 けれど、所長は一切の迷いを見せず、即座に切り捨てる。


「酒に酔った者の記憶を根拠にするのは愚かしい。信頼に足る証言ではない」


 短く言い放った声に、トランが小さく肩を震わせた。


「……ただ、奇妙なのは噂の拡がり方です」


 トランが慎重に言葉を選ぶ。


「南区のあちこちで得をしたという話が出ているのですが、誰も同じ内容を語ってはいません。反物が高く売れた者もいれば、反物を安く手に入れたと言う者もいます。塩や穀物も同様です。ですが……記録も証文も一切、残っていませんでした」


「ふむ……」


 所長が顎に手を添え、瞼を伏せる。


 ……証文が残らない取引なんて、普通の商人ならあり得ない……。よほどの杜撰か、あるいは……意図的なんじゃ。


 帳簿の通り、反物と塩の取引はたしかにあった。

 しかし、証文がない。


 取引したという事実が欲しいだけなのだろうか……その取引総額が帳簿通りなら問題ないのだけれど……証文がない。


 取引した全ての人を探し出すのは、不可能に近い。

 取引総額が正しくても、間違っていても証明しようがない。

 仮に個人と取引していたら尚更だ。


 ……なるほど。帳簿が雑なのも、数字がおかしくても証明しようがないわけか。よくもまぁ、悪知恵が働くもんだね。


 それよりも、所長の雰囲気が昨日の貴族モードよりさらに一段程、冷たさが増していることが少々、気になる。


 わたしは不安を感じながら、口を開いた。


「同じ人物と取引したのだとすれば……何かしら共通の痕跡はあるはずです。それが一切残っていないなんて……変じゃないですか?」


 所長が小さく頷いた。


「意図的に痕跡を消している、と考えるのが妥当だろう。取引相手がほぼ東側と南側の商人相手だ。あの辺りは、元々、この街に店を構える商人たちではない」


 ……それも、厄介だよねぇ。


「商品の入手経路も不明な物が多い。仮に盗品だったとしても、証明する手段がない……得をすれば良いと考える商人が多い区画だ」


 所長の声音は冷ややかに響いた。


 その言葉に、講義で学んだ内容が現実でも起こっているのだと実感した。

 

 東と南側はサルボ商会など、大口の取引の際は証文をしっかり残している。

 小口の取引も、西区の商会の場合は証文がある。


 だが、旅商人などの個人と取引を行うことで、帳簿の数字をある程度いじれる。


 流通経路がはっきりしない商品を多数扱うため、税金逃れとして今も行われていると。



 特に個人同士の取引など、ほとんど調べようがないのが現実だ。


 そのため、役所に商売の許可証を発行してもらう際に、金貨一枚の登録料だけでも支払いが生じるのは、旅商人や街の外の商人対策としておこなっている。


 役所側からすれば、妥当な案なのかもしれない。

 徴収できないよりはマシなのだろう。


 ちなみに、許可証は一年更新で、帳簿通り税金さえ納めていれば返金される。

 つまり、きっちりと納税していれば、許可証自体は金貨一枚で永続できる。


 でも。人物像すら不明の幽霊商人……ただの噂話じゃ済まされない。


「現地を確認する必要がありますね」


 トランの言葉が、張り詰めた空気をわずかに和らげた。


「そうだな」


 所長は即答する。


「虚言であれば痕跡は見つからぬ。だが、実際に利益を得たのであれば、必ずどこかに歪みが残っている……調べる価値はあるな」


 そう断じた所長は、紙に筆を走らせ何かを書き込むとトランに手渡す。

 書類に視線を落としたトランが「すぐに手配します」と、内容を確認し講義室から足早に退出した。


 ……今日の講義は中止かな?


「所長、今日の講義は中止になりそうですか?」


 所長の視線がわたしに移る。


「そうだな」

「わたしは時間まで、ここで待っていればいいですか? それとも、ジークさんが迎えに――」

「何を言っている。君も現地へ行くんだ」


 ……まだ、同行すると言っていないのだけれど。


「君はトランの補佐だ。トランが現地へ行くのだから、君も同行するのが当たり前であろう」


 ……わたしって、いつ補佐になったの?


「わたし補佐になったんですか?」


 何を言っているんだと、所長の表情は至って真面目だ。


「昨日、同意したではないか。そうですね、と」


 ……ん? そっちの方が効率いいよね~って話じゃ……。


「あれは……」


 所長の表情は、同意したよなと有無を言わせない迫力があった。


「たしかに、口にしました」


 ……言質を取られてる……これは勝てないな。


「よろしい」


 まぁ、所長の雰囲気が少し和らいだので良しとしよう。

 あのままだと、わたしの息が詰まってしょうがない。


「現場へ君を連れて行くのに利点があるからだ。私たちには見えない世界が見えている。その目は唯一無二だ」


 そういうと、所長はふっと笑った。



 ……なるほどねぇ。精霊が見える目が役に立つかもしれない……やれるだけ、やってみますか。










ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!


「面白かったなぁ」

「続きはどうなるんだろう?」

「次も読みたい」

「つまらない」


と思いましたら

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面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。

参考にし、作品に生かそうと思っております。


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