20話 道具の使い方 ~そのズレは認識できない2~
桶を片付けてアイナが戻ってくるのを待っていると、エステラがノックスに例の物を見せていた。
ポールの工房で、暇を持て余していた時に作った物だ。
「兄さん、これ見て」
エステラの鞄から取り出された物を見て、ノックスが首を傾げた。
「うん? ギザギザした板だね。何に使うんだい?」
「果物とか野菜を、こうやってガシガシと……」
エステラの身振り手振りを交えた説明に頷きながら、顎に手を当ててノックスが考え込む。
どうもノックスの様子を見ていると、今までとは異なり食いつきが悪い。
……だめっぽい?
「いい発想だね、ステラ。でも、会長を説得するには、ちょっと弱いかな」
「弱いのかぁ」
エステラがちょっとしょんぼり顔だ。
その顔は可愛いけれど、今はそれを愛でている場合ではない。
商品化するには、もう少し、後押しする何かが欲しいところだ。
ノックスもなんとか付加価値を付けようと、目を閉じ考えに耽っている。
「お兄ちゃん、大小の穴を開けてみるのは、どう?」
わたしは前世の万能おろし金のようにと提案したが、どうもしっくりこないようだ。
「すり鉢でも可能だしなぁ」
「やっぱ、そうだよねぇ。小さくしただけだもんね」
わたしは、二人の会話に小首を傾げた。
……すり鉢でも? すり鉢と一緒だと思ってる? なんで?
もしかすると、エステラは、すり鉢と似たような作業を出先でも行うために作ったのではないだろうか。
例えば、森でも使えるようにと……。
持ち運べるようにしただけなら、すり鉢で可能と考えてもおかしくない。
……どうりで噛み合わなかったわけだ。
たしかにあの時、エステラは「すり鉢いらなそうじゃない?」と、言った。
形だけを見て、わたしが勝手に先走っていただけかもしれない。
……うん? だとしたら。
わたしはピンときた。
二人は『すりおろす』という行為を知らないのではないか?
わたしは、すりおろした状態とすり潰した状態では全く違うと知っているが、おそらく二人は知らない。
そもそも、すりおろすという行為が無いのであれば、知らなくて当然だ。
知らないものには気づきようがない。
……変に野菜をすりおろしてとか言わなくて正解だったね……って、これ、どう説明しよう。
机の上のおろし金を中心に三人で腕組をして、ウンウン唸っているとアイナが戻ってきた。
「四の鐘が鳴ってからなら、大丈夫だってさ……って」
三人が腕組をして、おろし金をじっと見つめているのが不思議だったのだろう。
アイナが、キョトンとした表情で椅子に腰掛ける。
「これは何?」
アイナがおろし金を指差して尋ねると「ああ、面会予約ありがとう。これはすり鉢の代わりみたいな、物かな」と、ノックスが自信無さげに言葉を返す。
「へぇ~、でもこれだと香辛料も粉状にできなそうだね。目も粗いしさ」
「アイナもそう思う? やっぱり駄目かぁ~」
アイナの真っ直ぐな感想に、エステラは両手で頭を抱えて仰け反った。
……粉状に出来ない……粉状――あっ、それ、採用!
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん? 何か思いついたかい?」
わたしの顔を見たノックスが眉尻を上げそう言った。
エステラも身を乗り出して、こちらを注目している。
やはり顔に出やすいのだろうか。
アイナだけが、二人の様子に「どうしたの?」と、キョロキョロ困惑気味だ。
「わざわざ、すり潰す必要ないんじゃない?」
一同、何を言っているんだと口を開け、呆気に囚われている。
それはそうだろう。
すり潰すための道具なのに、その必要はないと言っているのだから。
「お兄ちゃん、野菜のみじん切りと千切りって何が違う?」
「切り方かな? あとは食材の形が変わるんじゃないかい?」
わたしはウンウンと大きく頷いて「食べた時は?」と返すと、やや間があって、ノックスがはっとした表情に変わった。
「食感が違う……」
「そう、食感。無理に潰さないで、こうガシガシやった状態って、他の調理道具でも可能?」
ノックスは少し考え込むと、机をまな板に例えて動きを真似しながら答えた。
「料理人じゃないから詳しくはないけど、包丁で細かく刻んだ後、腹の部分で叩くようにしたりすれば出来るかもしれない。でも、時間はかかりそうだね」
「そうだよね。これを使えば時間の短縮になるし、潰さない微妙な状態の食材になるよね」
そこまで説明すると、エステラが「あぁ~」と、大きい声で叫んだ。
何かに気づいたんだろう。
この勘の鋭さはすごい。
「今までにない形。つまり、新しい食感ってこと?」
……流石、お姉ちゃん。
ノックスもポンと手を打ち「新しい料理が……」と、嬉しそうに呟いた。
「これは良いかも。試作品だけでも作って、料理人に試してもらおう!」
そう言ったものの、ノックスが急に黙り込んだ。
……嫌な予感。
らんらんと目が輝き出したかと思うと、椅子から勢いよく立ち上がった。
こうなると止まらないことを既に学んだわたしは、すぐにアイナの後ろ側へと、椅子ごと移動する。
……ふぅ、お姉ちゃん、ごめん。
案の定「妹たちは天才だぁ~」と叫びながら、近くにいたエステラの両手を握り、上下に振って喜んでいる。
「ノックス……どうしたのよ?」
わたしはアイナの耳元で「いつものことだから」と、小さな声で告げる。
すると困惑気味に様子を見ていたアイナがクスッと笑い、大きく溜息をついた。
「なんか安心した。ノックスにも子供っぽいところがあるんだね」
アイナはくるりと振り向いて、ニコッと笑った。
「安心?」
「うん。いつも仕事を教えるのも上手くてさ、態度も大人っぽいし」
「ああ、なるほどね~」
わたしから見ても、仕事中のノックスは大人っぽいのだ。
今まで接する機会が少なく、ましてや同い年のアイナからすれば最もな意見だった。
先程から、ノックスの歓喜状態に巻き込まれているエステラがジト目でこちらを見ているが、アイナと一緒に笑って誤魔化した。
しばらくして、通常モードに戻ったノックスと今後の打ち合わせを行った。
洗濯板の件は会長に報告するとして、試作品はノックスが自宅に持ち帰る。
せっかくの試作品なので、わたしたちで使ってみることにした。
実際に使ってみることで、改良点も見えてくるかもしれない。
おろし金の方は、エステラの提案で試作品をラウルの鍛冶場に依頼する。
書類は後日作製するので、今日はその報告のみだ。
おろし金を試してもらう料理人については、ノックスは会長にも協力してもらい、何人か候補を考えたいようだ。
それについては、わたしも賛成だった。
色々な人に頼んだほうが、創作料理のアイデアも多く出ると思う。
おいしい料理が食べられると思うと、自然と頬が緩んだ。




